明ける世界




師匠には錬金術や体術だけでなく礼儀とか生活態度もばっちり躾られた。
おかげでどんなに夜更かししても朝はしっかり起きられる。
しかし夜更かしした上に…うっかり…ちょっとロイの我儘に付き合ったりなんかしていると
流石にすっきり起きるのは難しい。

「…眠い〜」
それでも何とか覚醒する。
意識はまだ半分沈んだまま、体も全身が起き上がる事を拒んでいた。

「まだ寝てなさい」

隣から低くかすれた声がしたかと思うとくしゃりとエドの髪をかきあげ、
こめかみに羽根で撫でるようなキスが降ってくる。

この男がもう起きているなんて驚きだ。
毎朝何度起こしに行ってもなかなか起きないくせに。
今日は雨が降るかもしれない。
布団を干して出ようと思ったのに…

等と考えている内にベッドは大人一人分の重みを失って小さな悲鳴をあげる。
何だかそれが【行かないで】と言っているようで切なく、
また隣にあった温かみが消えて急に寒くなったようで身を震わせ縮める。
いつも先に起きるのはエドの方だ。

ロイはいつもこんな風に感じているのだろうか?

出ていく広い背中に問掛けるような視線を送る。
すると後ろにも目が着いているんじゃないかと思うタイミングで振り返ったロイの顔は
寝惚けてるわけでもなくすっきり起きた爽やかなものだった。
「今日は休んでいいよ」
エドの上司でもある男はエドを休ませる事など簡単な事だろう。


「…職権濫用」
溜め息と共に呟いた小さな声は届いたのかどうか。




深く息を吸い込んでまた深く息を吐いたら少し体からだるさが消えた。
ゴロリとうつ伏せの体を仰向けに反転させる。
カーテンの隙間から差す朝の光に目を細めて左手をかざす。
その薬指にキラリと光る銀の輪に意識は完全に覚醒する。


あぁ結婚してるんだっけ


もう幾日も経つのに未だこの指輪に現実を教えられる事が多い。
神の前で愛を誓っても実感は湧かなかった。
けれどこの指輪を填められた時は自分がロイのものになったのだという高揚感に満たされた。
束縛されるのは大嫌いだけど、同時にロイが自分のものになったのだ。
これも等価交換だと思えばいい。
銀時計のように錬成力を増幅する力もないただの金属が確かにロイの左手の薬指と繋がっているのだ。
そう思うとエドは銀時計以上の力を得たような気がする。



銀時計には哀しみを、指輪には幸福を…
刻む想いは永遠に



ゆっくりと瞼を閉じて銀の輪にそっとキスをする。
ロイにキスする時と同じように甘く。




「随分可愛いことをしてくれるね」

一体何時から見ていたのか。
寝室の入口に腕を組んで寄りかかるロイの姿があった。
見られていた恥ずかしさに背を向けて布団に潜り込む。
クスクス笑いながら近付いてくる気配がしてギュッと身を縮める。
すぐ横に腰掛けられ体が僅かに傾いた。

「朝ごはん作ったけど」

一緒に食べるか後で食べるか?

共に働いている身だから朝食はエドが夕食はロイが作っている。
せっかくロイが代わりに作ってくれたのだし、一人で食べるのは嫌だった。

「……一緒に食べる」
もぞもぞと布団から顔を出すとやんわりと背後から抱き締められた。
絡められた左手からカチッと金属のぶつかる音がする。


「「おはよう」」



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