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普段ならばどんなに急いでいても校舎内をこんなに走ることはない。
アスランの取り乱し様は学園のちょっとしたニュースになりえただろう。


「キラッ!」
勢い良く保健室の扉を開けると、キラとイザークがハッとしたようにアスランの方に顔を向ける。
何故か二人とも顔が赤く、一瞬見詰め合った後慌てて顔を逸らした。
キラは更に顔を赤らめ俯き、イザークは赤い顔を隠すようにくるりと背を向けた。

「な〜んか、初めてキスをした後の照れと気まずさ…ってこんな感じだったよな」
アスランに追い付いたフラガの声が場違いに響いた。
それにアスランとイザークが冷ややかな視線を送る。
「俺にもあったのよ?青い春が」
思い出に浸ってしまったフラガを無視して、アスランは居心地の悪い空気を感じながら部屋へ踏み込む。
イザークを目の端に捉えながらキラに近付いた。
「怪我をしたと聞いたけど…」
乱れる呼吸を押さえ付けて問うとキラは恥ずかしそうに微笑んで包帯の巻かれた脚を指差した。
「大したことないよ。それにイザークさんが手当てしてくれたし」
「そう…良かった」
言葉と裏腹に複雑な気持ちだった。
チラリとイザークを窺うがイザークは背を向けたままで、それがアスランを苛立たせた。
「アスラン?」
アスランの苛立ちを感じ取ったキラが不安げに声をかけてくる。

「…帰るよ」
不安にさせないように押し殺した声は逆に冷たさを孕んでいた。
「う…うん」
キラが立ちあがる前にキラの膝裏にアスランの腕が差し込まれてごく自然な動作で横抱きにする。
「えっ?!本当に大した怪我じゃないんだってば!!自分で歩けるよっ」
キラは真っ赤になって慌てふためくがアスランは聞く耳を持たないようだ。
「ちゃんと捕まって」
「だからいいって!恥ずかしいし///」
流石にイザークもアスランの行動に驚いて振り返る。
一瞬交わる瞳から激しい感情をぶつけられる。
恐らくアスランは自覚していないだろう。
イザークもまた反射的に睨み返した。

先に目を逸らしたのはアスランだった。
何も言わずにそのまま保健室を出ようとすると、 キラは慌ててアスランの肩越しから困ったような顔を出してイザークに向けて小さく言った。
「ありがとうございました…それから、ちゃんと話せて嬉しかったです」
それに応えるようにイザークがフッと笑う気配を背中で感じてアスランは足早で後にした。
出口でキラはただ面白そうに事の成り行きを見ていたフラガに助けを求めたが、 頑張れよとでも言うようにウインクで返されただけだった。


「お前さんも俺の研究対象にしようかな」
「お断りします」
即答するイザークを意に介せずフラガは面白そうに口を歪めていた。
尊敬するクルーゼのお気に入りであるこの男がイザークは少し苦手だった。




「ねえ。やっぱり下ろして?」
「…」
校舎を出てちょうどあの中庭に差し掛かった頃にアスランはようやくキラを下ろした。
キラはホッとしながらも先ほどこの場所で出会った人物の事を思い出して落ちつかなく視線をさまよわせる。

「イザークと…何を話していたの?」
「色々。あと、仲良くなりたいって言ったの」
「イザークが?」
「ううん。僕からだよ」
事も無げにそう言うキラが憎らしいと思った。


「アスラン?何処か具合が悪いの?」
それから急に黙り込んでしまったアスランにキラは違和感を感じた。
俯いているために紺髪に隠れてしまったアスランの顔。
見えない部分に不安を感じてキラはアスランの髪をそっと掻きあげた。

「苦しいの?」

やっとまともに見つめたアスランは泣きそうな…苦しそうな顔をしていた。
出会って間もないからなのかもしれないが、アスランはいつも完璧でけして弱みを見せなかった。
そんな彼が今その感情を顕にしているのだ。
何がそんなに彼を苦しめているのか…何をしたらいいか分からない悔しさにキラは唇を噛む。
「アスランの苦しみを僕に分けられたらいいのに」

そう言うとアスランは複雑な表情になる。
「僕本気だよ」
「…違う。そうじゃなくて」
「苦しいなら苦しいと言っていいのに」
「苦しい…のかな」
答えを求めない呟き。
キラはアスランが話すのを待った。
真剣な表情のキラに苦笑し覚悟を決めたように大きく息を吐いた。
それに身構えるキラの身体を引き寄せる。
不意をつかれたキラの身体はすっぽりと抱き込まれてしまった。
いまだ状況を把握していないキラにはっきりと伝わるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。



「キラが好きなんだ」


鼓動が狂ったように速い。
聞きたい答えは一つしかなく、耳は周囲の音さえも消し去っていた。
こんなに真剣な自分が可笑しくて歪んだ笑みしか零さない。

「僕もアスランが好きだよ」

答えは意外に早く、しかしあっさりとした声色に言葉の温度差を感じた。
アスランはなおを言い募ろうと抱き込んでいたキラの身体を少し離すと、キラは当然といった顔をしていた。
想いの質が違う。
純粋でとても残酷な“好き”。
それでもキラがアスランを好きだという事実にアスランは身震いした。
キラの心はまだ幼い。
急ぎすぎる想いはキラを傷つけるだけしかないから…今はこの幼い心に溺れておこう。

「俺はキラの一番になれないのかな」
「え?」
「ううん、何でもない」




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