11
アスラン達の体育祭が近付いて、キラ達の学園も俄に活気付いてきた。
女子は応援・運営・競技に分かれて手伝うことになっている。
この準備は2ヶ月前から始まっているらしく、最近転校してきたばかりのキラは何をしたらいいか分からず、
昼休みに前の席に座るカガリに相談した。
「キラはもちろん競技だろっ!」
カガリは逃がさないぞ、というようにキラの手を握ってそう言う。
「あら、キラ様には運営のお手伝いをして頂きたいと思っておりましたのよ」
話を聞いていたらしいラクスは後からキラの肩に手をついて話に加わってきた。
「ちょっと待ってよ!二人とも。そもそも皆がどんなことをしているのかよく知らないし」
間に挟まれる形となったキラは慌てる。
あたふたと顔を赤らめて二人を交互に見るキラは小動物のようで一瞬和んでしまったカガリとラクスだが、
すぐにキラ落とし合戦を繰り広げ始めた。
「私としたことが迂闊でしたわ。応援は競技中好きなチームの応援をするだけです。
ブラスバンドを使ったり声援を贈ったり…いかに殿方にやる気を出させるかが求められます」
「もうちょっと別の言い方があるだろ…」
「凄いね。そういうの僕には無理だ」
(いいや、キラなら効果がありすぎて危険だ)
二人の心はこの時ばかりは一致した。
「ですからね、キラ様は運営で私の手伝いをして下さいませ」
「運営って何するの?」
「体育祭を盛り上げるために宣伝したり、進行がスムーズにいくよう手配したり…
私は競技の実況を致しますわ」
「へえ。僕、ラクスの声好きだから楽しみだな♪」
「ありがとうございますvぜひ…」
「待て!キラ、競技もいいぞ。メインは男子だから出られる競技は少ないが、
体育祭は競技に参加してこそ体育祭だ」
握り拳で力説するカガリにラクスはキラの肩を抱き締めて可愛い口を尖らせた。
「まぁ。それでは私達は参加してないと?」
「そうは言っていない!ただやるなら…」
段々エスカレートしていきそうな会話にキラは慌てて口を挟む。
「落ちついてよ、二人とも。競技ってどんなのに出られるの?」
「障害物競走とかリレーとかだな」
「競技の場合、いかに男性が女性をフォローできるかですわね」
「…そういう捉え方は好きじゃない」
男女差をつけられることを嫌うカガリは本当に嫌そうな顔をしている。
フォローなどされると負けたと感じるのだろう。
(最近身体が鈍っているからなー)
「僕は競技に出たいな」
「キラッ!」
カガリは嬉しそうに瞳を輝かせ、ラクスは残念そうに溜息をついた。
「ごめんね。ラクスの手伝いできなくて」
キラは首を捻って申し訳なさそうにラクスを窺う。
「キラ様がお決めになったことですから仕方がありませんわ。
私は放送席でしっかりキラ様の応援をさせて頂きます!」
「うん。ありがとう、ラクス」
キラは当日この時の会話を後悔することになる。
体育祭ではお決まりの如く紅白2チームに分かれる。
キラは白、カガリは紅へと分かれてしまった。
アスランとイザークも紅らしくキラは少し心細い。
キラの競技は二人三脚とリレーに決まった。
参加できるのは男女混合が可能な競技だけらしい。
女子は練習や打ち合わせもなくぶっつけ本番。
だからこそ男子のリードが勝敗を決める鍵なのだろう。
カガリの気持ちも分かるような気がしたが、キラは久々に身体を動かせることが嬉しかった。
当日は見事なまでの快晴。
アスランとカガリはギリギリまで傍に居たが、所詮チームが違うので離れなければならない。
「困ったことがあればすぐにこっちの席まで来いよ!」
最後まで心配するアスラン達にキラは「大丈夫だよ」と呑気に手を振って行ってしまった。
「アスラン…」
「分かっている。何かあればアレが反応するようになっている」
アレと指差した先には空を不自然に旋回している緑の鳥が一羽。
結託する二人の後ろでイザークが「過保護すぎる…」と呟いた。
二人には大丈夫と言ったキラだが、知らない人だらけの場所に行くのはやはり気が引ける。
しかもさっきから視線が痛いのだ。
(もしかして歓迎されていない?トロそうとか思われているのかな…)
キラの心配とは逆に男子生徒はこの始めてみる可愛い隣の生徒に色めき立っていたのだ。
光りを受けて薄く透ける栗色の髪は歩く度に音を立てるようにサラサラ舞い、
不安そうに揺れる紫の瞳は人を惹きつけてやまない。
加えて普段より露出度の高い、シャツと短パンから晒される手足の白さと細さに触れたい衝動に駈られる。
数人の男子がキラに近付こうとするのを阻むように応援席の方から声を掛けられる。
「キラー!こっち来いよ」
見知った声にキラの表情は嬉しそうに輝いた。
「ディアッカさん!」
子犬が尻尾を振るように駆けて来るキラにディアッカも顔を緩める。
そのディアッカの横には同じく金髪の男子生徒が二人居た。
「良かった!知らない人ばかりだと思ってました」
「ニコルもいるぜ」
クッと親指で指された先にはテントの日陰でニコルは何かをブチブチ言いながら肌に日焼け止めを塗っていた。
「全く…太陽の調節ができるにしても、快晴のもとで体育祭なんてのに今時の子供が喜ぶとでも思ってるんですかね…」
どうやら本日の太陽光設定に文句を言っているらしい。
「わ〜い、ニコルもいるんだね!」
今のニコルの呟きはキラには聞こえていなかった。
ニコルはキラの声にコロリと表情を変え、キラのもとへ駆け寄った。
「頑張りましょうね!キラさんっ!!」
ギュウッとキラの手を握り、キラに近寄ろうとしていた他の男子生徒を無言で追い払った。
「プラントの人工太陽は紫外線がないと言っても僕等みたいな繊細な肌には刺激が強いんですよ」
「へぇ、知らなかったよ。僕、何も塗っていない」
「良かったらこの日焼け止めを使ってくださいv」
「いいの?何だか高そうだけど…」
「実はこれ、母の自作ブランドで保湿効果も高く…」
入るに入れない話題にディアッカ達は遠巻きに見ることしかできないでいた。
ディアッカの横にいた二人の男はキラを見ながら言う。
「紹介しろよ、ディアッカ」
「いいけど…イザークとアスランを敵に回したくなければ多くは望まないことだ」
「げっ!」
「珍しいね…あの二人が」
「イザークはまだ無自覚っぽいけどね。でも、あのイザークが俺にフォローしてやれって頼んできたくらいだぜ」
信じられるか?!命令じゃなくて、お願いなんだ!!
と本気で感動しているらしいディアッカに二人の友人は同情する。
何だかんだ言ってイザークもキラに対しては過保護なようだ。
結局二人はミゲル、ラスティと名前を紹介するだけに留まった。
競技は徒競走から始まり、アスランとイザークも参加していた。
二人とも当然の如く1位でゴールしている。
敵チームながら自分の知っている人が勝っているのは嬉しくて、
思わず顔に出てしまったキラはディアッカに苦笑された。
競技の途中でキラの前に箱が差し出され、くじを引くよう言われた。
二人三脚のパートナーを決めるために女子に回されているらしい。
知っている人が当たります様に!と念じながら引くと、紙には[X103]と記されてあった。
それを横から覗いたディアッカが驚いたような高い声を上げる。
「なんだ。俺じゃん」
「え?!」
キラも驚いてディアッカを凝視する。
ディアッカの学生番号らしく、確率の低い偶然にキラは嬉しくなった。
「よろしく」
手を差し出されて、キラもにっこり笑ってその手を握った。
後ろでニコルが「こんなことなら玉入れなんて楽な競技を選ぶんじゃありませんでした」
と舌打ちする声がディアッカにはしっかり聞こえた。
キラの右足と自分の左足を紐で結びながらディアッカが今思い出したというように話し出した。
「一応これ、二人三脚と言われているけど人探しも含まれているから」
「はっ?何それ」
「ほら。真中にカードが並べてあるだろ?あれに髪の長い子だとか眼鏡かけてる子だとか書いてあるから
そいつを探して一緒にゴールするんだ」
「借り物競争の人間版みたいなものだね」
「ただあの中には1枚だけハズレがあるんだ」
脅すようにディアッカの声が低くなり、キラは自然身構える。
「どういうの?」
「それは当たってのお楽しみだ」
キラ達の順番は5番目。
前の人達を見ていると息が合わずに転ぶ者、
恐らくハズレに当たって人を探し回るもタイムオーバーになってしまう者がいた。
(結構難しいのかも)
少し不安になったキラに気付いたのかディアッカが励ますように声をかけた。
「どうせやるなら勝ちたいよな」
「うん!」
「ちょっと練習してみるか?始めは真中の足から行くぞ」
「分かった」
緊張を解してやりたいのだがやはり堅いキラ。
「こういうのはもうちょっとくっついた方が走りやすいんだぜ?」
そう言うなりキラの肩に腕を回してきた。
途端にキラはビクッと肩を揺らす。
「キラも俺の腰か背中を掴んで」
「うん…」
何ともないというようなディアッカの声にキラも少し力を抜いてディアッカの背中のシャツを掴んだ。
キラはアスランやイザークよりも逞しい腕と広い背中にびっくりしていた。
だが、恥ずかしいのだけれど、何処か安心する。
心地良い感覚にキラは無意識に寄り添っていた。
(おいおい。それは反則だろ)
キラの肩を抱いた時は何事もなかった様に接していたディアッカだったが内心は穏やかではなかった。
想像以上に細い肩と柔らかな身体、そして間近に見る顔の愛らしさに柄にもなく心臓が暴走していた。
しかも頼りなげに寄りかかられたらヤバいではないか、色々と。
あの奥手な親友が気に掛けているという時点でそういう対象から外れていたのに…自信がなくなる。
友情と愛情の狭間で葛藤するディアッカを他所に緊張が解れたらしいキラは眩しい笑顔を向けた。
「ディアッカさんって父さんみたいです」
(は?……兄でもなく、親父かよっ!)
何か安心すると腕に擦り寄る無邪気なキラにちょっと泣きたくなった。
一つしか違わない女の子に無害と見なされた上に父親みたいとは…男として痛い。
しかしまだ世界の狭いキラにとって父親は一番大切な異性で、
その点ではアスラン達より一歩進んでいるのだが…娘はいずれ父親の元を離れてしまうのである。
(そうなったら俺泣いちゃうよ)
半ばヤケクソにそう考えて競技に専念することにした。
「1位を取るぞ、キラ!」
「もちろん!」
男女混合競技の中でもその後最もくっつく確率の高いとされる競技。
照れてギクシャクしている者、楽しそうに肩を組む者…
そんな者達とは無縁のオーラを出すキラ達は結構浮いていた。
だが、二人の走りは見事としか言い様がなかった。
キラの運動神経も然る事ながら、それに適合しうるディアッカ。
互いにその走り易さに驚いていた。
それは傍目にも明らかだった。
「あの二人…いい感じじゃないか」
悔しそうに呟くカガリにアスラン達も同意するしかなかった。
また、教員席では
「いいんだけど色気がないねー。親子みたいで」
とズバリな意見を言って「色気は必要ないでしょ」とマリュ−先生に叱られるフラガ先生がいた。
キラ達は他に大差をつけて次の関門に行きついた。
キラが一番近くにあったカードを拾う。
「…」
「何て書いてある?」
カードを見つめて何も言わないキラをいぶかしんでディアッカが上から覗きこんだ。
『仮面夫婦』
ディアッカはひきつった顔になる。
(滅茶苦茶ハズレじゃねーか!)
早々に棄権を考え、キラに声を掛けるより早く、キラが声を上げた。
「何だ。簡単で良かったね」
「はいぃ?」
ディアッカは意味が分からず、キラに引張られていく。
「あっいたよ」
その声に真っ白になっていたディアッカの思考が戻ってくる。
(待て待て待てっ!これは物凄く失礼な題じゃねーかっ?!)
キラ:『仮面夫婦という題なんです。一緒にきてくださいっ』
男:『なななな何だと?!失敬だな、君は』
女:『あら、本当の事じゃありませんか』
男:『お前!』
女:『私はお前なんて名前ではありません…』
ディアッカの頭で大昔のドラマが蘇る。
何時の時代もこんなものなのだが、他人の修羅場は勘弁してもらいたい。
それにあの顔が綺麗な分、凄みがある親友と後輩は純粋なキラに醜い大人の事情を見せたとして、
俺は地獄を見るだろう。
いや、そもそもキラが探し当てたのなら大人の事情というものを知らないわけがないのだが、
ディアッカの頭は相当混乱していたらしい。
ディアッカがグルグルそんな事を考えている内にキラは目的の人物の前に辿りついていた。
「一緒に来てください」
「待てっ早まるなー!」
止める声は既に遅く、キラは二人の腕を掴んでいた。
「ほお」
「うげっ!」
どちらも低い男の声だということにディアッカは初めてその夫婦を見た。
愉快そうに口の端を吊り上げているクルーゼ先生と 直感で嫌な予感がしたのであろう、顔を引き攣らせるフラガ先生だった。
ディアッカは魂が抜けていく感覚を初めて体験した。
「どんな題なのかね?」
「かめ…」
「カメラを向けたくなるような美青年二人ですっ」
キラの口を覆い、ディアッカが答えた。
下から『違うよ?』という視線を向けてくるキラ。
「お願いしますよ、先生方」
「まぁそれなら…」
警戒しながらも腰を上げたフラガに心の中で土下座する。
(すまんっ!おっさん)
ディアッカは完全に開き直った。
こうしてめでたく1位でゴールしたキラ達。
途中、ディアッカがキラの口を押え、抱え上げて走るという奇妙な図で…
ゴール後、念の為に審査がある。
審査員の生徒は困ったように4人を見まわしていた。
何か言いたそうにしていたのをディアッカが『文句あるのか?』と脅すように睨むと、
審査員はあっさり「…合格です」と言った。
「やった!」
途端に歓声を上げて、キラが抱き着いてきた。
勢いがあった上にまだ足を繋げたままという態勢だったためにそのまま倒れこんでしまう。
ディアッカはキラに怪我をさせまいと庇い見事に下敷きになった。
「あっぶねぇ〜」
「アハハ、ごめんね。でも僕凄く嬉しいよ!」
興奮が収まらないのか、キラはディアッカの上に乗ったまま抱き着いてきた。
犬に懐かれたようで色気も何もない。
ただ、腹に当たる柔らかな胸だけで今までの苦労は吹き飛んでしまったようだ。
これくらいは許せ、と誰ともなしに謝りながらその細い身体を抱き返してやった。
「俺もキラと勝てて嬉しい」
「惚れちゃった?」
「!!!?」
立ちあがって紐を解きキラと離れたディアッカの耳にフラガ先生は息を拭き掛けてボソリと耳打ちしてきた。
ぎこちない動作でフラガを見ると気味が悪いくらいの笑顔だった。
「金か愛か友か・・・永遠の選択だねえ。いくら遺伝子が優秀になっても全てを手に入れることは難しい」
新しい研究対象…獲物が見つかったようだ。
フラガ先生がディアッカをからかっている後ろで、題の書かれたカードを見たクルーゼ先生がふっと笑みを零したのをディアッカは見逃さなかった。
「随分遊び心のある蝶のようだ」
席へ戻ろうとするとクルーゼ先生に呼びとめられた。
すると今まで笑顔だったキラが少し緊張した面持ちになったのに気付いたディアッカが庇うように前に立った。
「お手間をとらせてすみません」
「いや私も楽しかったよ。モントブレチアと蝶は随分相性が良いようだね」
「…どうも」
(モントブレチア…?)
「蝶は美しい花とその甘い蜜を手に入れることで自らも美しく成長する。
花撰びはくれぐれも慎重にしたまえ」
そこで何となくモントブレチアがディアッカを称する花だと気付いた。
相変わらずどんな花かはわからなかったが。
ニコルの玉入れと(敵ながら)カガリの障害物競走を応援しながら競技はあっという間に最終競技のリレーになった。
各チームから2組出して4人の走者で競い合う。
キラとディアッカは同じ組だ。
紅でもアスランとカガリ、イザークは同じ組になっていた。
「キラは何番目だ?」
「最後から2番目になったよ」
「あーじゃあ、アスランと対決だな。私は一番最初」
走る順番は作戦のため直前まで明かされなかった。
各組のリーダーが体力測定のデータのもとで振り分けるため男女で競い合う事も珍しくない。
ちなみにディアッカとイザークはリーダーでアンカーになっている。
≪最終競技は私ラクス・クラインが放送を勤めさせて頂きます。
現段階では紅が僅かにリードしていますが、この競技で白の優勝も不可能ではありませんわ。
紅の皆様も白の皆様も頑張ってください≫
ラクスの優しく涼やかな声が響き渡る。
これが最後の競技ということで皆が緊張しているのが自然と伝わる。
程よい緊張感の中、最終競技がスタートした。
第1走者の中ではカガリが一番速かった。
≪さすが女子の中でも一番の運動神経を持つ、カガリ・ユラ・アスハ。すばらしい走りですわ。
紅の優勝確定でしょうか?けれど諦めてはいけませんよ、白の皆様。
勝利の女神は何処に潜んでいるか分かりませんから≫
だが、ラクスの励ましも虚しく1・2位を紅に独占される状態が続く。
「あー組み合わせミスったかな」
ディアッカが溜息混じりにそう言って肩を落とした。
「もっとしっかり分析せんからだ」
「俺そーいうの苦手」
「大丈夫だよ」
確信めいた、そして何処か人を奮い立たせるような凛とした声にディアッカとイザークが振り向く。
その声の主は今、コースの中で出番を待っていた。
「…キラがそう言うと叶いそうだな」
「そうじゃなくてほら、ラスティが頑張ってる」
確かにラスティはぐんぐん追い上げてきていた。
「だけど、ラスティはいつも最後の最後でツメが甘い」
これはキラの隣に並ぶアスランの言葉。
そしてその通りにラスティはキラに渡るはずのバトンをお約束のように落としたのだ。
「すまないっ!」
ラスティは気落ちした様子でキラにバトンを渡した。
失望か怒りか…しかしキラは微笑んで労うように言った。
「大丈夫」
≪あの華奢な身体の何処にそんな力が秘められていたのでしょう。
素敵vすばらしいですわ、キラ様vv
まさに白の美しき勝利の女神≫
「思いっきり私情が入っていないか、ラクス嬢」
「…あぁ」
この放送の影響か、キラはその後しばらく内外の生徒から「女神」と呼ばれることになる。
ラクスが感極まるのも無理はなかった。
キラはあの大差を見る間に縮め、アスランと1位を競っているのである。
2位以下に圧倒的な差をつけて…しかしついにキラがアスランを抜くことはなかった。
そのままバトンはアンカーのディアッカに託された。
ディアッカとイザークの実力は五分五分。
だが、後半はスタミナで優ったディアッカがその差を開いてゴールした。
「このっ筋肉馬鹿」
「えーだってそれが俺の取り柄だしぃ。悪いけどキラのためだ」
「…ディアッカ、お前」
「ディアッカさん!」
イザークが何か言いかけたがキラの明るい声にさえぎられてしまった。
「凄い!格好良い!!」
瞳をキラキラ輝かせ、勢いよくディアッカの腰に体当たりしてきた。
少しよろめきながらもディアッカはそれを受けとめて、その頭を撫でてやる。
「キラも凄かったな」
「…そんなことないです。だってアスランを抜けなかった」
あの差を縮めたことを考えれば十分凄いことなのだが、キラは満足できないらしい。
負けず嫌いはイザークと良い勝負かもしれないと考えて、ふとやけに大人しいイザークを窺い見た。
イザークは神妙な顔でキラを見ている。
そして、ディアッカの視線に気付くと慌てて目を逸らす。
きっと勘違いして余計な心配をしているに違いない。
普段は人一倍我の強いイザークだが、この手のことに関しては恐ろしく消極的なのだ。
昔、偶然同じ女の子を好きになって、イザークはそのことに気付くと身を引いたのである。
問いただしても違う、そんな気はないの一点張りだった。
イザークはディアッカとの関係を選んだのである。
それに気付いた時は嬉しかったが、心配でもあった。
それ以来、イザークは人を好きになることを避けるかの如く女の子と距離を置くようになったのである。
ディアッカの視線につられてキラもイザークに気付いた。
すると抱き付いていたディアッカから離れてイザークと向き合った。
その時、ディアッカは言い様のない喪失感を覚えたのだがどちらに対してなのか分からなかった。
「あの…今回は敵でしたけど、僕イザークさんを見てたからイザークさんが頑張っていたのちゃんと分かってます!」
リレーに負けたイザークへの慰めだけではないだろう。
実際キラはイザークが走っている時、ずっと目を奪われていた。
カガリやチームメイトを応援していた時とは違う眼差しで。
残念ながら、アスランへ向けるものと判別はできなかったが。
「俺もキラをちゃんと見ていたぞ。よく頑張ったな」
イザークは穏やかな顔でキラの頭を撫でるとキラは嬉しそうに笑った。
傍から見れば告白と言ってもいいようなものだが、キラ達にとってはそうではないらしい。
(天然ってすげー)
聞いているディアッカの方がむず痒くなった。
それからキラはニコルに呼ばれて離れていった。
総合得点が発表され、キラ達が落胆しているのが見える。
だがすぐに立ち直って、次は勝とう!とキラが言うと周囲は盛り上がった。
「ほんっと女神みたいだねー」
キラを見ながらそう呟くディアッカをイザークはじっと見つめていた。
「お前、キラの事が」
「キラって可愛いよな」
今度はディアッカがわざとイザークの言葉を遮る。
「妹がいたらあんな感じかな」
キラには父親みたいだと言われたが。
軽くそう言うとイザークは不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「ディアッカ!」
「…何だよ?」
熱くなるイザークに反するようにディアッカは冷めた声を出す。
失望させるなという想いをこめて。
「俺は…お前がっ」
それから先の言葉はなかなか出てこなかった。
イザークは何度か口を開いたり閉じたりして、ついには視線を右斜め下へ落とした。
イザークが何か言いにくい事がある時の癖だ。
「お前がキラを……好きな…ら…俺に遠慮はするな。
………俺も手を抜かない」
最後にイザークは落としていた視線を上げて、しっかりとディアッカを見据えた。
そこまでがイザークの限界のようだ。
だが凄い進歩だ。
イザークが自分の気持ちを自覚している上に、正々堂々の勝負を持ちかけてきたのである。
ディアッカは心底ホッとした。
「俺はキラのことが好きだ」
途端にイザークは気を引き締めるようにいつもの凛とした表情を作る。
「だけど同じくらいにお前のことが好きだよ」
「なっ!////」
「だから俺のは恋じゃない」
二人は大事な友達だ、とウィンクしてみせるとイザークは真っ赤な顔を隠すように俯いて、早足で紅の席へ戻っていった。
すれ違い際に「おれもお前のことは嫌いじゃない」と小さな小さな声が聞こえた。
喪失感はもうなくなっていた。
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