12
体育祭の余韻も覚めやらぬままキラ達の学園は学園祭の準備に移った。
本格的な舞台に美術館さながらの展示…家族や卒業生に限らずプラントの偉い人達までやってくるらしい。
全て生徒の手で作り上げる学園祭。
しかし女手では頼りない部分も多く、そういった点をフォローしてくれるのがアスラン達の学園らしい。
放課後にもなるとキラ達の学園は共学とも思えるほど男子の出入りが見られるようになった。
「皆協力的で助かるね」
賑わう校庭をキラは教室から嬉しそうに見下ろしていた。
「ええ本当ですわね」
ラクスはそんなキラを楽しそうに見つめ、カガリもその横で嬉しそうに頬杖をついていた。
ラクスは学園祭の華でもある歌のステージの準備と並行してやっている運営の方で恐らくこの学園で一番多忙な人物だ。
カガリもまた演劇で参加する事になっている為、疲れが溜っているようだ。
今日もあと少ししたらそれぞれの準備に向かう。
運良くとれた三人だけの僅かな時間にラクスとカガリは癒されるのだが、キラは二人が無理して時間を作っているのではないかと心配になる。
キラ自身はアイシャ先生から喫茶店の手伝いに借り出されているが二人に比べればのんびりしたものであった。
「アスランは見えないな?」
「うん…体育祭の事後処理が大変みたい。
多分こっちの手伝いは出来ないと思うけど当日はちゃんと二人のステージを見に来ると言ってたよ」
その言葉にカガリはガクリとうなだれ低い声で脅すように言う。
「…私の劇を見に来たらグーで殴ると言っておいてくれ」
「あら。前評判は凄いですわよ?
カガリの王子様v
稽古中も見惚れて演技にならない共演者続出ですってね」
「くあ〜っ!!止めてくれ!あんな役、一生の恥だ」
耐えかねたように頭をガシガシ掻きむしる。
キラはそれにうんうんと頷いて言った。
「カガリは王子様よりお姫様の方が合ってるのにね」
「は!?」
「あらあら」
キラの言葉にカガリとラクスは相当驚いたようだ。
カガリは男役を演じることを嘆いているのではない。
むしろ性に合ってると思う。
ただ今回の役が歯に浮くような台詞と振る舞いのみで、
剣を振り回して戦うというような勇ましい場面がないから不満なのだ。
「僕おかしな事言ったかな?」
唖然としたままの二人にキラはきょとんとして首を傾げる。
「わ、私が女役やったら変だろ!」
カガリは真っ赤になって否定する。
普段から男より男らしいと慕われているカガリにはむず痒くてならない。
「そんなことない!だってカガリ、こんなに可愛いんだから!」
拳を作って身を乗り出してくるキラにカガリは「う…あ…」などと言葉にならない声を発して気押されてしまった。
「…う、そだ」
やっとのことで絞りだした声も途切れ途切れだった。
「僕の名に誓って嘘は言わないよ、姫様」
誰よりも姫らしく愛らしいキラが自信溢れるナイトの顔で射抜く。
この相反する顔にカガリは弱いのだ。
「ちっくしょお〜!!」
急に立ち上がって、そう叫びながら慌ただしく教室を出ていってしまった。
「どうしたんだろ?」
「ふふっ。カガリは照れているだけですわ」
不思議そうなキラにラクスは大人びた顔で微笑んでいた。
「さて。残念ですけど、私もそろそろ行かなければなりませんわ。
今日からニコル様にピアノを弾いてもらいますの」
いくら提携校とは言え、よその学校に足を踏み入れるのは落ち着かない。
ましてやここは女子校なのだから。
「ニコル君v」
門をくぐると早速高めの声がかかった。
何度か見た事のある女子生徒達で恐らく年上。
看板を作っている手を休めて手を振ってくれているので、
にっこり笑って手を振り返すと『可愛い』等と囁く声が聞こえる。
ニコルは年上ウケが特に良い。
発展途上の背丈と体にまたまだ幼さが残る容姿は図らずも女性の母性を擽るらしい。
ディアッカがよく羨ましがっているが、ニコルにとっては複雑なものである。
可愛がられるのは良い事だと思う。
しかし男として頼りないとも言われているような気がするのだ。
アスラン・ザラという一つ上の理想の先輩がいる。
人付き合いに多少無器用な所があるが、それはあまり彼のマイナスとならない。
勉強も運動神経も群を抜いていながら驕ることがない。
イザークあたりはそこが気に入らないようだが。
とにかく何をやらせても誰よりもうまくやってのける。
音楽の才能は無いようだが恐らく彼にとって興味が薄いだけで本気でやらせたら自分も敵うまい。
家柄も十分すぎる程のものだし、なんと言っても端正な顔。
男から見て格好良い男は女から見ても格好良いに違いない。
そしてこの学園の理事長の娘でもあるラクス・クライン嬢の婚約者としてこれほど適当な人物はいないだろう。
憧れの歌姫に婚約者がいたことに少なからずショックを受けたものだがアスランならば納得する。
初めて彼女の歌を耳にしたのは数年前。
父の仕事上の付き合いという事で両親に連れられて言ったコンサートだった。
多くの観客を前に堂々と歌う少女の強さと美しく優しく包み込むような歌声に恋をした。
キュウ…と心が凝縮されるようだった。
思えばこれが初恋だ。
父のおかげで一言二言言葉を交すことができた時の感動は今でも宝物だ。
敬愛する二人の婚約は物語を見ているように受け入れられた。
初恋はやはり実らなかったが辛くはなかった。
むしろアスランのおかげでラクスに近付け、学園祭でセッションできるようになったことに感謝したい。
きっとラクス以上に人を好きになる事はないと思っていたのだが…
「こんにちは、ニコル君」
親しげにかけられた声に首を巡らせて彼の人を探す。
声の主に期待して鼓動が跳ねた。
「キラさん!」
通りすぎた教室の窓から身を乗り出して手を振るキラを見付けて駆け寄る。
にっこり笑うと彼女はいつもその倍の笑顔で応えてくれる。
キラ・ヤマト。
彼女の事を知ったのはたまたま耳にした噂のおかげだ。
『電車通学に可愛い女の子がいる』
よくある話だった。
ただクラスメイトがあのラクス・クラインよりも可愛いと言ったのに反感と好奇心がもたげてきたのである。
二人を比べることなんてできないけれど、キラの事は一目見ただけで気に入った。
どうにか近づきたい。
しかし接点など全くない自分ではただ不審に思われるだろう。
彼女の名前は?
どんな声をしているの?
どんな風に笑うのだろう?
……知りたい事はどんどん溢れていった。
けれどやはり声をかける勇気はなかった。
彼女の美しい菫色の瞳が不審に翳るのを見たくなかったからか。
失礼な事だが、膨らんでいった理想を壊されたくなかったからか。
ああ、だから僕は臆病者と言われるのか。
奇しくもニコルの杞憂を吹き飛ばしてくれたのは、またしてもアスランだったのだ。
「これからラクスと練習するんだってね」
「はい。キラさんは何をされているのですか?」
「喫茶店で出すメニューを考えてるとこだよ。あ!そうだ、ちょっと待っててね」
そう言ってキラはパタパタと可愛い足音を立てながら中へ戻って行った。
白く可愛いエプロンを掛けたキラの姿に自然と顔が綻ぶ。
すぐに戻ってきたキラは出し抜けに可愛らしい口を開けて「あ〜ん」と言ってきた。
あまりに唐突であまりに可愛らしい仕草に思わずつられて口を開けた。
小さな子供や恋人でもあるまいに何をやってるのだろうかと頭の隅で冷静に突っ込む自分がいる。
その口にそれが何なのかを認識する前にひょいと放り込まれた。
惜しいくらいにとろける甘さと程よい苦みが広がった。
「…チョコレート?」
「うん。試作品で作ってきたの。……どうかな?」
不安げな瞳。
彼女が作ったものなら美味しくないわけがないのに。
「とても美味しいです」
安心させるように直ぐに笑顔で応えてあげた。
控え目で優しい、まるで彼女らしい味だと本気で思ったのだ。
「良かった!このチョコをベースにケーキやクッキーも作ってみようかと思ってるんだ」
「ああ、いいですね!紅茶にもよく合いそうです」
「おいおい、これにはやはりコーヒーだろ」
「!バルトフェルト先生!?」
意外な人物の登場にニコルは驚いた。
アンドリュー・バルトフェルト先生…以前ニコルの学校にいた先生だが、
去年急に教職を辞めて喫茶店経営を始めたという。
『薔薇の臭いがきつくてコーヒーの香りが楽しめんっ』という理由だったとか…。
「どうして先生がここに?」
「アイシャに頼まれて手伝いさ。それにこんなに可愛い子に頼まれたら断れんだろ」
そういえばキラ達の学園に恋人がいるという噂があったのを思い出した。
豪快に笑いながらキラの小さな頭をポンポン叩く。
キラは少し困ったように笑った。
「僕はコーヒーゼリーの作り方を聞きたかっただけなのに」
「コーヒーは飲むに限る!
学園祭で本格的な喫茶店の味が楽しめるんだ。贅沢だぞ君達は」
バルトフェルトのコーヒーへのこだわりに押しきられたという型らしい。
自分だけの楽しみが増えるというのはなんて嬉しいことか。
それからニコルはピアノの練習の度にキラのいる調理室の前を通っている。
キラはニコルを見逃さず、声をかけては試作品をこっそりくれるのだ。
何時ももらってばかりでは申し訳ない、と言うとキラは柔らかく笑った。
「実はここからニコル君のピアノがちょっとだけ聴こえるの。
僕も聴きたいなって言ったからラクスが窓を開けておいてくれてるんだと思う。
だからこれは素敵なピアノを聴かせてもらってるお礼」
こんなんじゃお礼にはならないかな、と気弱に付け足すキラは本当に本当に可愛らしい。
今、キラにとってニコルはアスランよりも特別なのだと自惚れてもいいだろうか。
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