3
電車を降りてそのまま教室へ駆け込む。
途中、ナタル先生に「廊下を走るな」と注意された気がしたが聞こえなかったふりをした。
息を切らせて入ってきたキラにクラスの視線が集まった。
「朝から元気だな」
お嬢様とは言い難い男勝りの声を聞いて顔を上げる。
その意志の強い瞳を見て、緊張が切れて涙があふれた。
「カガリ〜ッ!!!」
キラがこの学校へ来て、ラクスの次にできた友人だ。
突然泣き出されて困ったような顔をしていたが、何も言わずにぐいっとキラを引き寄せた。
「ふぇっ…ごめんっ」
涙で制服を濡らしてはいけないと思い、顔を上げようとしたら逆に押さえ込まれてしまう。
「いいから…ハンカチ持ってないんだ」
お嬢様のくせに、どこかがさつだ。
「カガリ…男前」
「うるさい」
乱暴な言葉遣いながらも、いつも彼女の言葉は優しい。
よしよしと頭を撫でられ気持ちが落ち着いてくる。
女らしさを嫌うカガリだが、どうもキラとラクスには適わない自分に苦笑する。
特にキラにはつい先日、不良に絡まれて喧嘩に負けそうになった所を助けられた。
度々喧嘩をするので学園では問題児と見なされるカガリだが、単に曲がったことが許せないだけなのだ。
キラは華奢な身体でぼーっとしているように見えて、実はかなり強かった。
「何故助けた」と尋ねると、「貴女の可愛い顔に傷がつくのは嫌だったから」と言われた時は、
本気ではり倒そうかと思ったが…それ以来喧嘩はしていない。
「…っで、何故泣いている?」
落ち着いた頃を見計らって声をかけると、キラは赤い目をして顔を上げる。
「…痴漢にあった」
遠巻きに見ていたクラスメイトが集まってきて「大丈夫なの?」「許せないわ」等と騒ぎ出す。
来て1週間だが、キラはすっかりクラスの人気者だった。
そんな中、カガリは今にも噴火しそうに顔を真っ赤にしていた。
「アラアラ、それはいけませんわ。どんなお顔をされていましたの、そのお方」
場の緊張を無くす穏やかな声に振り向くと、学園の理事長の娘・ラクスが立っていた。
その聖母のごとき笑顔の下に静かな怒りを感じ取ったのはカガリくらいである。
「あっ…その、よく覚えていないんです」
「まさかされるままだったのか?!」
「ううん。近くにいた男子学生が助けてくれたよ」
「自分でぶっ飛ばせばいいだろう?!キラは強いんだから」
「うん…でもね、その痴漢サラリーマンだったの」
「はぁ?」
「きっと家族もいるんだよね、って思ったらその家族が可哀想になっちゃって」
「馬鹿かー!!!!」
そう怒鳴るなりカガリは肩を落とし、他のクラスメイトは呆れている。
「キラ様。相手を思いやる心は立派ですけど、痴漢は犯罪ですわ」
「うん…」
クラスの心は一つになったーこのお人好しすぎるキラを守るということで。
「もう電車通学は止めろ。私の車で送り迎えしてやるから」
「えっ!送り迎えはいいよ。僕はストライクで来るようにするから」
「ストライク?」
「うん。結構速いよ」
お嬢様達は新種の車だと判断したが、実際はただの自転車である。
スカートで自転車に乗ると分かったら卒倒するだろうけれど、
金持ちに自転車という乗り物は選択外のものだった。
「ところで助けてくださった方にはお礼をしなければいけませんわね」
「うん…そうですね。恥ずかしくてちゃんとお礼が言えなかったし」
「その方のお顔は分かりますか?」
それは鮮明に覚えていた。あんなに綺麗な人は見たことがないから。
目を閉じれば笑顔が浮かんできて自然と頬が赤く染まる。
「何と言っていいか分からないけど、すごく綺麗な人」
「それは主観的すぎる」
「カガリが見ても綺麗だと思うよっ!」
「…お前は私をどういう目で見ている。私だって人並みに綺麗なものは愛でるものだ」
「そうなんだ」
その愛でられている本人は意外そうに首を傾げる。
「制服とかはどうでしたか?」
「えっと…僕、来たばかりで学校は分からないんですけど、紅い制服でした」
「紅と言えば一つしかありませんわ。お隣の男子校です」
何故か悲鳴が上がった。
「な、何?有名な学校なの?」
「えぇ。名家のご子息が通われる学校です」
(そういえば品の良い物腰だった…なんだ、世界の違う人だったんだな)
お嬢様学校に通っているとは言え元々庶民のキラには少し彼が遠くに感じられて何故か胸がチクリと痛んだ。
「そちらでしたら私達の学園と色々な行事で交流がございますから、捜しやすいですわ」
「へぇ」
思わず気のない返事をしてしまう。
「何だ。会いたくないのか?」
「違うよ」
お礼を言うだけだ。さっさと済ませてしまえば、先ほどから引っかかる痛みもなくなるだろう。
「その行事っていつ?」
「次は2週間後にあちらの体育祭へ応援に行きます。
その2週間後にはこちらの学園祭へお手伝いにきて頂きます」
キラの学園は運動より芸術に力を入れているため体育祭はないらしい。
ただでさえ彼女たちが走る姿を見たことがないのだから…どんな体育祭になるか想像できた。
身体を動かすことが好きなキラはそこだけが少し不満だった。
もう少し生活に慣れたら運動部を探すつもりだ。
お礼を早く言いたかったが、闇雲に探しても駄目だと説得されて2週間待つことにした。
そんなことがあった3日後。
いつも厳しい顔のナタル先生が顔を綻ばせて教室に入ってきた。
「先日の全学園模試の結果を渡すぞ」
模試?自分が来る前にあったのかと思っていたが、
「キラ・ヤマト」
「…えっ?」
何故名を呼ばれたのか分からず慌てた。
戸惑うキラに気付いてラクスが声をかけた。
「転入された時に試験をうけましたよね。あれ、実は全学園模試でしたの。
学年制限なしの全プラント中の学生が受ける試験ですわ」
「あぁ、そうだったんですか」
納得して教壇へ向かうとナタル先生の初めて見る笑顔にドギマギした。
「おめでとう、キラ・ヤマト。TOPだったぞ」
「…はい?」
クラスが騒然とした。
「まぁ!やっぱりキラ様ならあの方々を越せると思っていましたわ」
「話が見えないんですけど…入学試験の代わりじゃなかったんですか?」
「うちの入学試験は面接だけです」
何となく騙された気分だった。面接で失敗したと焦って必死になって受けたのだ。
実際には面接でかなり気に入られていたのだが。
「お前、抜けてるけど頭は良いんだな」
「そんなことないよ。得意のプログラムの問題が多かったから…多分それで点が上がったんだね」
それに成績が良くないと奨学金が貰えず、こんな金のかかる学園にはとてもじゃないけどいられない。
「それでもあの方々を抑えてTOPだなんてすばらしいですわ」
「その、さっきから聞く“あの方々”って?」
「いつもこの模試の上位にいる方は隣の男子校の方ですの」
「そっ。アスラン・ザラとかイザーク・ジュールとか…」
(アスラン…どこかで聞いたような)
必死で思い出そうとするが、学問以外の記憶力には自信がない。
「アスラン様は最近ずっとTOPでしたわね。学年関係なしの模試とはいえ、先輩方を抑えていらして…
あぁ、キラ様もアスラン様と同じ学年でしたわ。あちらも大騒ぎでしょうね」
自分には関係のない話と、虚ろに聞いていた。
ブラウザの戻るをご利用下さい。