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「お久しぶりですね、皆様。本日はわざわざお越し頂きありがとうございます」
校門まで出迎えに来たのは理事長の娘。
そしてアスランの許婚でもある。
ー3人は二人が許婚を解消したことを知らなかった。
傍らにはプラント中にファーストフード店をチェーン展開している大企業の娘カガリ・ユラ・アスハ。
「あら。アスラン様はいらっしゃらないのですね」
「アスランはフラガ先生と一緒に後から来ますよ」
「そうですの。では皆様はこちらへ」
校舎へ促され皆がそちらへ歩み出そうとした時、それまで憮然としていたカガリがギョッとして駆けだした。
皆何事かと目線で追いかける。
「何をしている!」
「うわあっ!!」
カガリは走っていた自転車の前に突然飛び出し、そのハンドルを押さえた。
「あっ危ないじゃないか!カガリ!!」
その自転車に乗る人物に3人が目を向ける。
風を受けてサラサラ流れる髪、愛らしい顔立ち…そして何より大きなスミレ色の瞳に目を奪われた。
「〜っ!!何か他に言うことがあるだろっ」
一瞬きょとんとしたその少女は輝くような笑顔をし、3人は釘付けになった。
「バイバイ、カガリ。また明日ね」
「違ーう!!」
怒り心頭のカガリにまだ分からないという表情である。
「キラ様。とにかくそれから降りてください」
珍しく怒った声のラクスに少女は渋々自転車を降りる。
男達は露わだったスラリとした脚に気付き、慌てて視線を逸らした。
イザークとニコルは真っ赤である。
ディアッカはヒューと口笛を吹いてイザークに睨み付けられた。
真っ赤な顔で睨まれてもいつもの迫力はない。
意外にウブな反応を示す友人に面白がるような顔をすると…何故かニコルに足を踏みつけられた。
「何故そんなのに乗ってるんだ」
「えっ…だってこの間電車で痴漢にあったから、これからはストライクで通学すると言ったじゃないか」
絶句するカガリと額に手を当てて今にも倒れそうなラクス。
「ストライクって…自転車のことでしたのね」
「うん!前の学校の先生が普通の自転車より軽い力で速く進めるように作ってくれたんだ
…あっ、改造してるのは秘密にしてねv」
「ねv…じゃない!お前、スカートで自転車に乗るなんてどういう神経をしている?!」
何故いけないんだ?という顔をし、すぐに思い当たった少女はあっけらかんと告げた。
「大丈夫だよ。下にスパッツ履いてるから」
「そういう問題じゃないー!!」
怒鳴りっぱなしで息を荒げるカガリを心配そうに見る…分かってない。
「あのさ…これから図書館に行きたいんだ。プログラム構築で分からないことがあって」
「いけませんわ」
「えっでも」
「駄目です」
嫌とは言わせない笑顔にぐっと詰まる少女…これはもう命令だった。
「今日は私がお送りします。でもこれから会議ですので、終わるまでお待ちください」
「そうだ。お前は罰としてお茶汲みでもしてろ」
「えぇぇ?!そんな横暴な…大体罰って何の?」
盛大に溜息をつくラクスとカガリに男達は同情した。
少女はカガリに引きずられていき、イザーク達は会議室へ案内された。
渡された計画書を見ながら、イザークは先ほどから収まらない鼓動にイライラしていた。
内容が頭に入ってこず、さっきの光景が浮かんで邪魔をしていた。
反復する回想にふとあることに気が付いた。
ラクスは『キラ様』と言っていなかったか。
珍しい名前ではない。
しかし、もしかしたらと思う心が鼓動をさらに速めた。
目の前に座るラクスに尋ねようと口を開きかけた時、例の少女がお茶を持って入ってきた。
「遅かったですね」
お客様をお待たせして、というたしなめが含まれているーこういうことにラクスは厳しい。
「申し訳ありません」
「仕方ないだろ。備え付けの給仕室のガス台が壊れていて職員棟まで行ったんだから」
「そうでしたの。では明日にでも修理の申請を出しておきましょう」
「あっ、それなら僕が申請してきますよ。まだお客さんがいらっしゃるみたいだから、
お湯を補充しにもう一度職員棟へ行きますから」
「ええ。それならよろしくお願いします」
目の前のやり取りを見ながら、イザークの視線は少女だけに注がれていた。
お茶を差し出された時に唐突に尋ねた。
「名前は何という」
上の者が下の者に聞くような言い方に隣に座っていたディアッカは苦笑する。
イザークがそういう環境で育った人間とは言え、女の子にそんな態度ではまずい。
女性の扱いに関しては許婚がいるアスランの方が上手である。
一瞬戸惑った少女は少し青ざめて早口に名乗った。
「申し遅れました。僕…いえっ、私キラ・ヤマトと申します」
怯えた表情に流石にイザークも自分の非に気付く。
気まずさを逸らすために、入れられたお茶に手を伸ばす。
「…美味いぞ」
「へっ?…あ、ありがとうございます」
不器用なやり取りに今度こそディアッカは吹き出してしまった。
肩を震わせて笑う友人にイザークは冷たい視線を送る。
キラは戸惑うばかりだ。
「いやっ…悪い。俺はディアッカ・エルスマンだ。ほら、お前も名乗れよ、イザーク」
「…イザーク・ジュールだ」
「僕はニコル・アマルフィです。よろしく、キラさん」
「あっ…よろしくお願いします」
ようやく緊張が解けたキラに笑顔が戻る。
お茶をディアッカ達に渡すと、ニコルがキラに耳打ちしてきた。
「この間の痴漢は懲らしめておきましたから安心してくださいね」
キラは豆鉄砲を食らったような顔になった。
あぁそういえば彼は『ニコル』という名前を口にしていなかったか。
あの逃げた痴漢をこの少年が捕まえてくれたらしい。
「ありがとうございます」
今度は満面の笑みでお礼を述べることができた。
「何?お前達知り合いなの?」
「えぇちょっと」
気を遣って言葉を濁してくれるのが嬉しかった。
それをイザークは不機嫌そうに見ていた。
キラが職員棟へ行ってくると言って出て行くと
「あの子が例の『キラ・ヤマト』ねぇ」
「あら、キラ様をご存じでしたの」
「この間の模試で1位だった子でしょ。うちでもちょっとした騒ぎになったよ。なあ、イザーク?」
ニヤニヤする友人を冷ややかに一瞥する。
「さっさと話を進めるぞ」
「待ってください。まだアスランが」
「あいつがいなくても話は進む」
困る後輩に仕方がないさ、というようにディアッカは肩を竦めてみせた。
会議室を出ると途端に力が抜ける。
緊張に押しつぶされそうだった。
落ち込みそうな思考を振り払って職員棟へ急いだ。
これ以上、ヘマをしたらラクスの顔を汚してしまう。
職員棟の一階に来客室があり、そこの給仕室を使わせて貰う。
中へ入るとさっきはいなかったが、来客中のようだ。
客は衝立で見えなかったが、マリュー先生が応対していた。
ナタル先生がお茶を抱えて給仕室から出てきた。
キラに気付いて、何故いる?という顔をする。
近寄って小声で理由を述べると「静かに使え」と言って、客の所へ行った。
修理の申請もナタル先生がやっておいてくれると言われた。
給仕室に入るとホッとする。
隣に客がいるとは言え、ここは個室だ。
お湯を沸かそうとやかんに水を入れる。
流れる水を見ながら先ほどの人たちを思い出していた。
高慢な態度ながらもそれが許されるかのような銀髪の麗人。
見る人を惹き付けずにいられない、怖いくらいに整った美貌…あの人とは異質の美しさだと思った。
何よりあの射抜くような瞳が怖かった。
冷ややかなくせに、その奥では炎が燻っている…どちらが本物なのだろう。
何故かずっと見られていたような気がするのだが、自分は何か気に障ることをしたのかもしれない。
ニコルとディアッカは気さくに話しかけてくれたが、こちらが気後れするような気品は3人とも一緒。
自分なんかが近寄ってしまっては…惨めなだけだ。
彼に会うのが怖くなった。
流れ落ちる水とともに気持ちも落ちていくようだった。
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