チェンジ1 





キラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハは遠い親戚関係にある。
二人は別々のプラントに居住しながらも、妙に気があって頻繁にメール交換をしていた。

『追伸、今日そちらへ行く』
いつもながらの簡潔なメールの末尾にこちらの都合などお構いなしと言った一文が添えられていた。
今日から10日間両親が不在な上に、キラは昼からトール達と出かける約束をしていたのである。
しかし、今からメールを出しても向こうはもうシャトルの中だろうし、拗ねたカガリの機嫌を取るのは容易ではない。

本当に申し訳ないと思いながら、ミリアリアに行けなくなった事を話すと「気にしないで」と言ってくれた。
「ほんとごめんっ!今度埋め合わせする」
「いいって。せっかく遠くから来てくれるんでしょ?何日かいるようなら私達にも紹介してね」
「うん。カガリとはミリィもきっと仲良くなれると思うよ」
嫌な顔一つしない友人に感謝しながら通信を切った。
そして溜息をつきながらも軽く掃除をして迎えに出る。





「よお!久しぶり」
ステーションに着くなり、椅子に座ったまま元気に右手を振るカガリを見付ける。
Gパンに赤いノースリーブというラフな格好だ。
「ごめん。待たせちゃったみたいだね」
「昼飯で許す」
「突然来たくせによく言うよ」
「それもそうだな。よし!私が奢ってやる」
どこまでも偉そうなカガリにキラは笑いを堪えきれない。
クスクス笑うキラにつられてカガリも表情を和らげる。
そんな微笑ましい二人にステーション中の視線が集まる。
二人はそれでなくとも目を惹く容貌なのだ。
カガリの勝ち気な夕焼け色の強い瞳と太陽の髪は活発的な印象を与え、性格もそれに相応しい。
一方、キラは晴れた空の下で揺れる菫のような瞳にサラサラと流れる栗色の髪は儚い。
性格も温厚で少々押しに弱い所がある。
対照的な二人だが顔立ちが似ているのは遠いながらも血のせいか。
誕生日も血液型も同じという二人は、意外に性格のバランスも取れていて仲良くなるのも自然のことだった。
時々こうしてカガリの突拍子もない行動にキラが振り回される事もあるが、キラはそれも楽しかったりする。



だが、レストランで昼食を取りながらカガリから発せられた言葉にキラは耳を疑った。
「何だって?」
「だーかーら!学校を取り替えようって言ってんの」
「何馬鹿な事言ってんだよ!無理に決まってるだろっ」
「大丈夫だ。私とお前はよく似ているからちょっとの間だけならバレないはずだ」
「問題はそんなことじゃない!」
「おい、そこの店員。私達はどんな風に見えるか?」
たまたま通りかかった店員に呼びかけると店員は驚きながらも営業スマイルで答える。
「双子のようによく似ていらっしゃいますね」

「ほらな」
どうだと言わんばかりに胸を張るカガリにキラは思い切り溜息をついてやる。
「とにかく駄目」
逆ギレして怒鳴りつけてくるかと構えていたが、カガリは何も言ってこない。
怪訝そうに顔を窺うと、カガリはうっすらと涙を浮かべていた。
「えっ?!ちょっと??」
「…あの学校、私には合わないんだ。でもお父様が選んだ学校だから、そう簡単に辞めることはできなくて」
「1年も通ってるんだから大丈夫だろ」
「ずっと我慢していたんだ!!もう駄目…疲れた」
ついにポロポロと涙を流し出す。
キラは慌ててハンカチを差しだし、困り果てる。
人の涙はどうも苦手だ。
ましてやこのカガリが泣くなんて初めてのことである。
段々罪悪感を感じてきたキラにカガリはもう一押ししてきた。
「おばさん達のいない間でいいんだ」
「そっちの両親はどうするんだよ」
「安心しろ。明日からうちも二人ともいない」
「…狙ってたな」
「あはっ。ちょうどいいじゃん」
笑って誤魔化そうとするカガリをキラは胡乱げに見つめる。
「1週間…それ以上はできない」
「やってくれるのか?!」
ガタンと立ち上がってキラの手をギュッと握る。
本当に嬉しそうに笑うからいつも何とかしてやりたくなるのである。




それから1日かけてお互いの学校を把握し合う。
カガリは学校案内と生徒の集合写真を何枚か持ってきていた。
まるでキラがやると確信していたかのような準備の良さに閉口する。
「ねぇ。僕の方は1週間くらい休んでも良いんじゃない?」
「出席日数が足りなくなりそうなんだ」
「そんなに休んでいたの?」
「あぁ…朝になると頭痛がするんだ」
そんなに嫌なのだろうか…辛そうに目を伏せるカガリにキラの胸も痛む。
カガリがキラの学校へ行って良い気分転換になるなら良いと思い始めた。
覚悟を決めたように張り切るキラに気付かれないようにカガリはほくそ笑んでいた。

「でも僕はカガリみたいに振る舞えないよ」
「ここ2週間休んでいるから病み上がりだと思ってくれるさ」
「…そう」
今も苦しんでいるのだと思い、キラは悲しそうに眉を寄せる。
「あっ!だからあまり無理してテンション上げなくていいぞ」
「うん。できればカガリは大人しくしていてね」
「…気を付ける」

それからカツラを合わせて瞳の色をカラーコンタクトでカバーすると本当に見分けが付かなくなった事に本人達も驚く。
ただ雰囲気がカガリ扮するキラが快活に、キラ扮するカガリがお淑やかになったくらいである。



「それじゃあ、1週間よろしく!」
不安を覚えながらもキラはキラの姿をしたカガリに見送られてシャトルに乗った。






アスハ邸に着くと執事が一人だけいた。
浅黒い肌に筋肉のしっかりついた逞しく大きな身体は護衛と呼んだ方が相応しそうだ。
彼は事情を把握していた。
「お世話になります」
「カガリが無理を言ってすまん」
無骨ながらも温かい人だと思った。


翌朝、制服を着込んで鏡の前に立つ。
「可愛い制服〜」
キラの学校は私服なので制服の新鮮さに少しうきうきしていた。
執事に車で送っていくと言われた時はびびってしまったが、カガリの学校ではこれが普通らしい。
学校へ近づくにつれ緊張してきた。
(本当にバレないのだろうか)

車から降り立つと校庭中の視線が集まる。
(うっ……やっぱり無理があったんじゃないかな)
キリキリ痛んできた胃を押さえて玄関に入ると背後から声がかかる。
「おはようございます、カガリ。お久しぶりですわ」
ドキドキしながら振り返るとラクス・クラインが立っていた。
カガリによれば要注意人物のクラスメイトである。
「おはようございます、ラクス」
カガリらしさを心がけて言ったつもりだが、ラクスは不思議そうに首を傾げる。
実際、いつものカガリならこんなに丁寧に挨拶はしていなかったらしい。
「どなた?」
「ええぇっ!」
(もうバレてしまったのか?!)
アワアワしながら言葉を探しているとラクスはニッコリと笑ってキラの手を引っ張った。
パニックになっていて抵抗することも忘れてついて行くと、誰もいない中庭のベンチに座らされた。

沈黙が続く。
ラクスはただニコニコと笑みを絶やさない。
根負けしたのはキラの方だった。
「すみませんっ!僕、本当はキラ・ヤマトと言ってカガリとは遠い親戚に当たるんですけど…ちょっと事情がありまして、1週間だけ学校を…そのっ…取り替えようという事になりまして」
「まぁそうでしたの」
「あのっ!カガリは悪くありません。ただ最近の彼女は何だか辛そうで見ていられなかったんです」
「キラ様は優しい方ですね」
「僕は…優しくなんか…」
意外なほどに優しい声を掛けられて、泣き出してしまいそうになったのを堪えるようにギュッとスカートの裾を握りしめる。
「やっぱり止め…」
「私もフォロー致しますから安心してください」
「え?」
「だって面白そうですもの」
ラクスは胸の前で手を組んで楽しそうに微笑む。
「面白いって…」
「この学校、刺激がなくてつまりませんの。カガリは何かしてくれると期待しておりましたのよ」
カガリが要注意人物と言っていたのが分かった気がした。
それでも事情を知る味方がいるのは心強い。
だが、あと一人誰かにバレたら終わりにしよう。


この学校は1学年に1クラスしかないので、必然的に教室でもラクスが傍に居てくれる。
急に親密になった二人にクラスメイト達は驚きを隠せないでいた。
ラクスが巧みにフォローしてくれるので、皆カガリが別人だとは気付いていない。

午後になるとキラも少し余裕が出てきた。
昼休みに、一緒に行こうかと言うラクスを断ってお手洗いに行く。
しかし、後になってラクスに付いてきてもらえば良かったと後悔する。
トイレを出てから間違えた方向に歩いてしまったらしく迷子になってしまったのである。
焦って戻るがますます知らない所に迷い込んだ。
しかも人が全然いない。
どうしようかとキョロキョロしていると近くの部屋の扉が開き、クラスメイトが現れてホッとした。
「アスラン」
声を掛けるとラクスの許婚のアスラン・ザラが怪訝そうに振り向く。
腕には大量の書類と本を抱えていた。
「重そうだな。少し持つよ」
教室の場所を尋ねるわけにもいかないので、そのまま教室について行こうという魂胆である。
「…女の子に持たせるなんてできないよ」
「大丈夫。これでも力には自信があるんだよ」
有無を言わせないようにハイと手を伸ばすとアスランは戸惑いながらも本を2冊渡す。
「もっと持てるよ?」
「いや。随分軽くなった。ありがとう」
ニコリと上品に微笑まれてキラは照れてしまった。
そんな様子をアスランは驚いたように凝視していた。

アスランが向かった先は教室ではなく、生徒会室だったことにキラはショックを受ける。
「ありがとう。助かったよ」
本を受け取って中へ入ろうとするアスランの制服の裾を慌てて掴む。
「あのさっ…待ってていいかな?」
「何故?」
「ちょっと生徒会に興味があって」
「…俺は構わないけど、あいつがどう言うかな」
苦笑しながらもアスランは中へ入るように促す。
キラが入った途端不機嫌な声がかかる。
「何のつもりだ、アスラン」
声を辿れば生徒会長のイザーク・ジュールが憮然と腕を組んでいた。
射るような視線を向けられてキラはたじろぐ。
「見学希望者だよ」
「…そんな事を許可した覚えはない」
「いいじゃん。見たいっていうのなら」
愉快そうな声は副会長のディアッカ・エルスマンのものだ。
イザークはますます不機嫌そうに眉を寄せた。
気まずい雰囲気に居たたまれなくなって、キラはアスランに話しかける。
「外で待つよ」
「?教室に戻っていていいよ」
「え〜っと…アスランと話がしたいかなーなんて」
これには3人とも驚いたような顔をした。
(僕は何か変なことを言ったのかな?)
「アスラン。お前はもういい」
「しかし」
「アスハ嬢は貴様に用があるらしいからな。さっさと行け」
そう言うなり書類に目を通し始めるイザークにアスランはソッと溜息をつきながらキラと出て行った。


「今のはよくないね」
「何が?」
「君とイザークは婚約するかもしれないのだろ?」
「はあぁ?」
「まだ決定していないのかい?でもお互いもう意地を張るのは止した方がいいよ」
(ちょっと待って!聞いてないよ、そんな事!!)
それからもアスランが何かを言っていたようだが全く聞いていなかった。

教室へ着くなりラクスに話したかったが、授業が始まったので放課後まで悶々と過ごした。
「カガリとイザークの婚約という噂はありましたけれど、多分まだ正式には決まっていないのではないかしら」
「僕はカガリからそんな事一言も聞いてません」
「カガリも随分と嫌がっておいででしたから」
「…イザークって嫌な人なの?」
「眉目秀麗・頭脳明晰で家柄もよろしくて、生徒会長までされているのに文句を言うのはカガリだけでしょうね。ただ二人は少し似ているでしょう?命令することに慣れている所とか…」
「あぁ、なるほど」
「どちらも退かないからお互いに気に入らないのかもしれませんわね。でも婚約するならそう子供みたいな事を言っているわけにもいきませんでしょうに」
「ラクスとアスランは上手くいっているみたいですね」
「えぇ。私達は割り切っておりますから。それに私、あの方無口ですけど好きですわ」
「…淋しくはありませんか?」
「これからどうなるかは分かりませんでしょう?どうしても合わないなら丁重にお断りするだけですし、そのまま恋に落ちたならそれほど良いことはありません」
「そうか…なら、僕は彼と少しでも仲良くしていた方がカガリのためなのかな」
「それはそれで面白いですわ」
「え?」
「ぜひそうした方が良いと言いましたの」
そうは聞こえなかったが…これ以上追求できそうになかった。


初日ということもあってクタクタになりながら帰宅したため、カガリに状況報告のメールを出すのを忘れてしまった。



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