チェンジ2 



二日目は少し早めに登校すると、玄関でイザークとディアッカと
1年の図書委員長のニコル・アマルフィと鉢合わせになった。
「おはようございます」
ニコルからは爽やかな、ディアッカからはまだ眠そうな返事があるが、 イザークは無言のままで視線を合わせようともしない。
それにムッとして、イザークの制服をグイと引くと流石に無視できなくて顔を向けた。
「おはようございます」
「…ああ」
あくまで挨拶はしないらしい。
そんな二人に…どちらかといえばキラにニコル達は面食らっている。
何か言ってやろうと思ったが、これ以上拗れるのはまずいと思い直して手を離す。

「おはようございます、皆さん」
タイミング良くラクスの声が掛かり、振り向くとアスランも一緒にいた。
「おはよう、ラクス。アスラン」
ラクスはすぐにキラの手を引いてアスラン達に声を掛ける。
「私達は先に行きますね」

ラクスに引っ張られるようにして去っていくのを見送ってニコルが話し出す。
「カガリさんはどうしたのですか?」
「さぁ。昨日からちょっとおかしかったよな」
「彼女は昨日まで2週間休んでいたから、まだ調子が出ないんじゃないかな」
「いつもなら病人だったとは思えない元気の良さで出てくるんですけどね。今回は本当だったのかもしれませんね」
「だとしたら見舞いにも来なかったお前を恨んでいるのかもな」
「…」




「頑張っておられるようですね」
「…違いますよ。何で挨拶もできないかな」
「始めはイザークの方からなさっていましたのよ。でもカガリは『おっす!』とだけ」
「何だって?!」
キラは慣れていたから気にしなかったが、婚約者になるかもしれない男の人にそれではあんまりだ…。
イザークに腹を立てていたことに自己嫌悪に陥る…いや、そもそもカガリのせいなのだが。
「…謝ってきます」
「今はお忙しそうですから昼休みになさいませ。今日は昼休みに集まりはないようですから」



昼食をとって早速3年のクラスへ向かう。
1学年1クラスしかないくせにこの学校では1学年に1つの階が与えられている。
そして学年が上がる毎に階が下がる。
階段を下りているとそれを見とがめたディアッカが踊り場から声を掛けてきた。
「もしかしてイザークに用?」
「ああ…今朝のことでちょっと」
「ふ〜ん。あいつなら図書館にいるぜ。落ち込むと大抵そこだ」
「落ち込んでたんですか?!」
もはやカガリの口調を気にする余裕がなかった。
「落ち込んでいたというより混乱しているんじゃねぇの?」
キラはディアッカの言葉を最後まで聞かずに駆けだしていた。

「俺も混乱しているよ…」




図書館はキラの学校とは較べ物にならないくらいに広い。
もっともキラの学校では図書室レベルでこんな風に独立していない。
(ここを探すのは骨が折れそうだ…)
少し眩暈がした。


あちこち見て回っている内にキラが今まで読みたかった本をいくつも見つけて思わず立ち止まる。
今はイザークを探しているのだからと振り切るが、それが絶版になったものとなると我慢できなかった。
少し見るだけ…と腕を伸ばすがもう少しという所で届かない。

「この脚立を使いましょう」
見かねたニコルが横から声を掛けてきた。
「僕が取りますよ。どの本ですか?」
「その緑色の背表紙です」
「あぁ、これですね…『トリィの秘密』?」
「はい。発行部数が少なくてすぐに絶版になってしまった物なんですけど、こんな所で見つかるなんて」
「…カガリさんはあまりここにいらっしゃいませんよね」
「えっ…あ!鳥好きなんです」
咄嗟に変な答えをしてしまった。
「そうですか」
ニコルの笑顔の奥に探るような気配を感じる。
そういえばカガリはニコルのことを「触らぬ神に祟りなし」なんて訳の分からない事を言っていた。


「では僕はこれで」
脚立を抱えて立ち去るニコルに本来の目的を思い出して慌てて尋ねる。
「あのさっニコル!イザークが何処にいるか知らないかな?」
「…イザークならあの奥の角を左に曲がった所にいるはずです」
「ありがとう、ニコル」
にっこり微笑んでお礼を言っていくキラの後ろでニコルは目を見開いていた。

「本当にどうしたのでしょう…」



ニコルに言われたとおり行くと隠されたように小さなスペースがあり、 その窓際に添えられたソファにイザークはいた。
キラの気配にも気付かないのかピクリとも動かない。
どうやら腕を組んで座ったまま寝ているらしい。
(こんな体勢で…疲れないのだろうか?)
わざわざ起こすのも憚られてソッと隣に腰掛けて、起きるのを待つことにした。
外から差し込む光を反射してキラキラと輝く銀髪がとても綺麗だった。
こうしてよく見ると俯く横顔がひどく整っていることに気付いて感嘆の溜息をもらす。
(カガリは何が気に入らないのだろう?)
人の寝顔を凝視していては失礼だと思い、先ほどの本を広げて時間をつぶす。
しかし、暖かな陽射しに誘われてキラもウトウトし出した。


イザークは目を覚ました事を後悔した。
このあまり知られていない空間に一人でいたはずなのに、いつの間にか隣に悩みの種であるカガリがいて、 あまつさえそのカガリが自分の肩により掛かって寝息を立てているのである。
「…もうすぐ授業が始まるぞ」
ぼそりと呟いてみても起きるはずもなく、かといって揺り起こすこともできないでいた。

キラは体勢が辛くなったのか僅かに身動ぐとイザークの肩をずり落ちていった。
「!おい!!」
焦るイザークをよそに、キラはイザークの膝で安定したせいか無邪気に眠る。
イザークは真っ直ぐな銀髪をかき上げて途方に暮れて、その寝顔を見下ろしていた。



なかなか戻ってこないイザークを呼びにディアッカが現れる。
イザークの膝枕で眠るキラを目にして、さも愉快と言わんばかりの顔をする。
「お邪魔だったかな」
「助けろ」
「そのまま寝かせておいてやっていいんじゃねーの?」
イザークにジロリと睨み付けられたのでディアッカは肩を竦めて、キラを抱き上げる。
「うっわ!軽〜い」
イザークは楽しそうに言うディアッカと痺れた脚に眉を顰めながら立ち上がる。


図書館を出るとディアッカからキラを受け取って抱える。
てっきりそのまま運ばされると思っていたディアッカは意外な親友の行動に驚く。
「ついにその気になった?確かに最近のカガリは何か可愛いからな〜」
揶揄を無視してスタスタと保健室へ向かうイザークをディアッカは面白そうに見送った。




保健医に事情を話してベッドにキラを横たえると、置かれる感触でキラは目を覚ました。
視界に複雑な顔をしたイザークを見付けてフッと目を細める。
「おはよう」
「お…はよう」
イザークはつられた事に照れたらしく、うっすらと頬が染まる。
「…とりあえず、挨拶から始めませんか?元々は僕…いえ、私が悪かったんですけど、 挨拶くらいはちゃんとしなければいけないと…学びました」
「あぁ…分かった」
「良かった。嬉しい」
そういってふわりと微笑んで、そのまま再び瞼を閉じた。
その様子にイザークは今度こそ顔を真っ赤にして保健室を出て行った。




夕方になってキラは目を覚ます。
午後の授業をサボってしまったが、保健医は何も言わなかった。
イザークが病み上がりだとでもフォローしておいてくれたのだろう。

保健室を後にして外をぼんやり歩いていると、1階の理科室から声を掛けられる。
白衣を着た物理のアンディ・バルトフェルドである。
「コーヒーをご馳走しよう」
「…はあ」
訝りながらもちょうど喉が渇いていたので頂くことにした。
玄関から回り込むのも面倒だったので、周囲に誰もいないことを確認して窓から入る。
つい自分の学校でもしていたことをやってしまった。
もちろんいつもGパンを愛用していたからなのだが。
しかし、アンディはそれについては何も言わず顎に手を当てて興味深げに見ていた。

差し出されたのは確かにコーヒーであるが、容器は本来なら実験で使うはずのビーカー。
「おろしたてのやつだから安心したまえ」
「…頂きます」
それなら良いかと思って口をつけると、苦めの味に眉を顰める。
「まだお子様には分からない味かな」
「ミルクを入れた方が好きです」
「君!それは邪道だよ。香りを引き立たせるには何も入れてはいけない」
コーヒーに煩い先生と聞いており、このままではコーヒーの講義が始まりそうだと思ったが、 アンディが思わぬ質問をしてきたことで咽せてしまった。
「君はカガリではないだろ?」
「…おっしゃっている意味が分かりません」
潤ったばかりの喉がまた急速に渇いていった。
「最近君が変わったとは聞いていたがあまりに変わりすぎていると思ってね」
「それは病み上がりでいつもの調子が出ないためです」
「口調が大分女らしくなったな」
「一応女ですから」
「そこだよ!カガリはあからさまに女扱いされるのを嫌っていたね」
「っ…思春期ですから…」
「なるほどね。だが、さらに言えばいくらカガリでも制服のスカートで窓を乗り越えるなんてことはなかったし、以前君にビーカーに入れたコーヒーを出したら怒鳴りつけてきたな」
「…っ」
問いつめられながら壁に後ずさる。
窓枠に辿り着くが目を逸らしたら何もかもが暴かれると思った。

「こんな所で何をしてるんだ」
突然背後から掛けられた声に心臓が飛び上がったが、声の主に思い当たってホッとして振り向く。
「イザーク」
室内の方が少し高めなので、キラがイザークを僅かに見下ろす形になる。
「具合は良いのか?」
語尾が消えかけたのはキラが窓から身を乗り出してイザークの首に抱きついてきたから。
イザークは一瞬唖然としながらも、すぐにキラの身体を持ち上げて外へ引き出した。
「一体何をされていたのですか?」
キラを抱き留めたまま牽制するようにアンディを睨み付けた。
「コーヒーをご馳走しただけだよ」
「それだけには思えませんが」
「おいおい。変な誤解をしないでくれよ。俺にはアイシャという可愛い恋人がいるのだからね」
キラは顔を向けることができないでいたが、ククッと笑うのが聞こえてきて身体を強張らせる。
「行こう、イザーク」
俯いたまま腕を引くとイザークは渋々ながらついていく。
「今度はゆっくり話がしたい」
後ろから楽しそうな声がした。



しばらく歩いて冷静になると、イザークにした自分の行動を思い出して顔に一気に熱が集まった。
「ごめんっ!」
イザークの腕を放すと今度は逆に腕を絡み取られた。
「何かされたのか?」
「違う。ちょっと…」
「何だ?」
「…ごめん。言えない。でも先生は悪くない」
絶対に言わないというのを感じ取ってそれ以上は何も言ってこなかったが、 溜息をついてキラの頭にポンと手が置かれた。
「何かあったら言え」
その優しい声に泣きそうになった。


結局校庭まで一緒に歩き、それぞれ迎えの車に乗り込もうとした直前にイザークがキラを呼び止めた。
「また明日」
一瞬きょとんとしてしまったが、キラも笑顔で返した。

車に乗り込むと二人の様子を伺っていた執事が困った顔をしていた。
「あまり仲良くするのは…」
「えっ?でもイザークはカガリの婚約者になるかもしれないのでしょう?」
執事は苦笑するだけだった。

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