チェンジ3 




翌日からイザークとカガリが和やかに挨拶を交わす光景に学校中が震撼する。
何よりカガリの変貌ぶりへの衝撃が凄かった。
キラはカガリらしく振る舞う事をすっかり失念していた。
時折ラクスが注意を促すが、一時的な効果でしかなかった。
キラはこの学校に早くも馴染んでいたのである。


昼休みには図書館に通うようになった。
ニコルに本を勧めて貰ったり、たまに奥のスペースにイザークがいないか覗くがあれから見ることはなかった。

4日目。
放課後、ニコルを手伝って本の整理をしていたが、ニコルは途中で席を外した。
「ちょっと先生の所へ行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」


ニコルが出て行って一人で黙々と蔵書チェックをしているとしゃがんだ拍子に後ろの棚にぶつかった。
バランス悪く立てられていた本が数冊落下する。
運動神経の良いキラは本をかわすことは出来たが、積もった埃まではかわすことができなかった。
目にチクリと鋭い痛みが走る。

「どうした?」
痛くて目を開けることができなかったが、イザークの声だと分かった。
「大丈夫。ちょっと目に埃が入っただけ」
「見せてみろ」
ひんやりした手に包まれて上を向かされる。
瞬きをすると痛みが弱まったが、同時に何かが剥がれ落ちる感触がした。
イザークが息を飲む気配がする。
「お前…目の色が」
「!!」
動揺として肩が震える。
真っ直ぐに見据えられて動けない。
「どういう事だ?」
「…カラーコンタクトをしてて」
「いつから?」
「ずっと…あまり目良くないんだ」
何でも見抜くような青く冴えた瞳…嘘だと分かっていても騙されて欲しい。
「…とにかく目を洗ってこい」
落ちたコンタクトをイザークが拾い、キラに差し出した。
受け取るときに指先が震えていたことに気付かれただろうか。

図書館の洗面所でコンタクトを付け直して出ると、案の定イザークが待ちかまえていた。
「何故わざわざ瞳の色を変える?」
「オレンジが好きなんです」
「お前には紫の方が合っている」
(どうしよう…嬉しい)
照れて俯くキラを上向かせるようにイザークの手が顎にかけられる。
「だが、他の奴等に見せるのは勿体ないな」
軽く撫でるようなキスが瞼の上に落とされた。

その様子を他の生徒が目撃し、噂は一気に広まった。
『イザークとカガリの婚約が間近』と。








5日目。
イザークと放課後に会おうと言っていたので、約束の場所の中庭へ急ぐ。
だが、うっかりして理科室の前を通ってしまった。
「恋する女性は綺麗、とはよく言ったものだ」
「…約束がありますので失礼します」
「君はいつまでカガリなのかね」
「っ!!」
「君がしていることは誰かを傷付けるだろう。そして何より君が一番傷つく」
「…僕はっ」
アンディは悲しそうに顔を歪めた。
「君の場所へ帰りなさい。君はカガリ・ユラ・アスハではない」
突きつけられる現実。
何故忘れていたのだろう?
…違う。目を逸らしていただけだ。
ここは居心地が良すぎて、いつまでもいられるという錯覚に酔っていたのだ。

僕はカガリではないのに…



中庭に足が向かなかった。
方向を改めるとアスランが歩いてきていた。
「アスラン!中庭にイザークがいるはずなんだけど、私は急用が出来て来れないと伝えておいてくれないか?」
「?いいけど、中庭はすぐそこじゃないか」
「お願いっ」
呼び止める声を振り切って駆け出した。





イザークと約束をしていたために、今日はまだ迎えの車が来ていない。
バスを使おうかと考えているとラクスに声を掛けられ、送っていってもらうことになった。
明るく振る舞うが辛そうなキラを感じ取ってラクスは強引に家へ招いた。
「何がありましたの?」
「僕はいつのまにか皆がカガリではなく、僕を見ているのだと勘違いをしていました」
「お辛いのですね」

楽しいことばかりの思い出が辛すぎる。
手放したくないと強く願ってしまうから。
そして、あの人を好きになってしまったから。

黙り込むキラの頭をラクスがソッと抱き込んだ。
「出会ったことを否定しないでください。それはとても哀しいから。私はキラ様に出会えて本当に良かった」
イザーク達はキラという存在を全く知らない。
ラクスだけがキラを肯定してくれる…それだけで救われた。
ラクスの言う通り、出会ったことを後悔したくない。
カガリに乗せられたとは言え、入れ替わりを決断したのはキラ。

ならば最後までカガリを演じてキラに帰ろう。



泊まっていけと引き留めるラクスを断って帰宅する。
これ以上甘えるわけにはいかなかった。






夜にカガリから通信が入った。
『このっ馬鹿!!』
第一声がこれである。
『毎日、メールで状況報告しろと言っていただろ』
「ごめん。すっかり忘れていたよ」
『こっちが送ったメールも見ていないな』
「うん…」
『便りがないのは元気な証拠とは言うが心配したぞ』
痺れを切らして通信を入れてきたらしい。
「ごめんね。こっちはこっちで楽しんでるから」
『ならいいが。……実は一つ言い忘れていた事があって…イザークという奴のことなんだが』
「聞いてるよ。うまくやってるから心配しないで」
『そうか』
「あと2日間頑張るね。おやすみ、カガリ」
『おい!』
まだ何か言おうとしたカガリを遮って、一方的に通信を切る。

僕はカガリの口からイザークの名前を聞いて……嫉妬した。


カガリに悪いことをしたと反省してその晩はなかなか寝付けなかった。
あまり寝ていないせいか起きるのが怠い。
青い顔で無理して行こうとすると執事が押さえつけて2時間目から出るように言った。
渋々受け入れながらも少し寝ると大分楽になった。

それでもあまり顔色の良くないキラを休ませようとしたが、どうしても行きたいと言うと、
土曜日で午前中で授業が終わることもあって執事の方が折れた。




階段を上っていると下から声が掛けられた。
一番会いたくて会いたくない人。
少し呼吸が乱れていて、走ってきたのだと分かった。
「おはよう、イザーク」
「おはよう…大丈夫なのか?」
「大丈夫だからこうして出てきたんだよ」
徐々に縮まる距離に逃げ出したくなる。
段差が一つになって目線が同じになるとコツンと額と額がくっつけられた。
「熱は無いようだな」
近すぎる顔に今はドキドキするより切なくなった。
顔に出てしまったのだろうか。
イザークは怪訝そうに手を伸ばしてきた。
「カガリ?」
「っ!!」
無意識にその手を振り払うと、意表をつかれたイザークはバランスを崩して転落した。
それほど高い位置にいたわけではなかったが、窓ガラスは衝撃を受け止めてはくれなかった。


ガシャンッ


散らばる破片と広がる鮮血。
誰かが悲鳴を上げる。
騒ぎを聞いてアンディが駆けつけてきた。

キラは茫然とそれを見下ろすことしか出来なかった。
顔を押さえたイザークの手の隙間から血があふれ出るのを見て視界がグラリと揺れる。
意識を手放す直前にイザークが必死の形相で立ち上がろうとしたのが見えた。






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