チェンジ4 





目を開くと一面真っ白の世界だった。
白い天井に白い壁…シーツも真っ白で眩しく目を細めるとラクスが顔を出した。
「ここは?」
「病院です。点滴をしていますから、大人しくしていてくださいね」
「…嫌な夢を見ました」
「どんな?」
「僕が僕でいられない夢です…哀しかっ…た……」
もっと話を聞いて貰いたかったが、身体が眠りを欲していた。



次に目を覚ますとラクスは居なかった。
窓から差し込む光は朝のものだ。
「学校…行かなきゃ」
ゆっくりと身体を起こしてベッドから足を下ろす。
今日の授業は…と考えて、今日が日曜日だと気付く。
昨日自分は何をしていたのか。
思い出そうとすると頭痛がしたが思い出さなくてはいけない事がある。
目を背けたい記憶を引き出して部屋を後にする。
看護婦を捕まえてその人のいる場所を尋ねた。
「イザークは何処ですか?」
「あぁ、ジュールさんでしたら奥の部屋です」

いざ部屋を見付けるとドアを開くのを躊躇った。
どんな顔をして会えばいいのだろうか。
ノックをするために上げた手を落とすと内側から声がした。
「カガリか?」
へたり込みそうになるのを堪えてドアを恐る恐る開く。
「おはよう」
「…おはよう、イザーク」
イザークは半身を起こしていた。
顔の右半分が包帯で覆われている。
その痛々しさにキラは顔を歪めるが、イザークの表情は穏やかだった。
しかし、キラの足下に目を向けて少し不機嫌になる。
「こっちに来い」
ベッドの縁をポンポンと叩く。
近づくと腕を引かれてそこに座らされた。
「全く…裸足で来るなんて。病院と言っても何が落ちてるか分からんだろ。ちゃんとスリッパを履いて来い」
「…ごめんなさい」
ポツリと呟くと堰を切ったように涙と言葉があふれ出した。

ゴメンナサイ
ゴメンナサイ
ゴメンナサイ

ただ謝罪の言葉を繰り返し、泣きじゃくるキラを静かに抱き締めた。
「消えない傷ではない。気にするな」
「お前が怪我をしなくて良かった…アスランが助けたんだがな」
イザークが宥めるように話しかけてもキラはゴメンナサイと繰り返すだけだった。


怪我をさせてゴメンナサイ
騙していてゴメンナサイ

そして、貴方をこんな風にしておきながら…騙したまま今夜にも去らなければいけないことを謝りたかった。


「カガリ」
キラにとっては今日で最後の名前を優しく呼ばれて顔を上げるとイザークの顔が近づいてきた。
唇は涙を拭うように頬を伝い、キラの唇に辿り着くと深く合わされた。



「……ん…っ!」
キラが苦しげに呻くと解放される。
肩を震わせて空気を求め、目には謝罪の涙だけではなくなっていた。
イザークは左目を細めて囁く。
「やはりお前は紫の方が似合う」
病院でいつの間にかコンタクトは外されていたらしい。
キラの呼吸が整うまでは額や頬にキスが落とされ、また唇にと繰り返される。

イザークがキスしているのはキラではない。
そしてきっとこれからもありえない。
本当の名前を知られる事もないだろう。
どさくさに紛れて自分のために涙を流していることが許せなかった。


全てが哀しい。





やがてキスには満足したのか、イザークはキラの身体を強く抱き締める。

愛されているのだと感じる。
これを受けるのは明日からはもうキラではないのだけれど。


カガリはイザークと上手くやってくれるだろうか。

イザークは本物のカガリを愛してくれるのだろうか。


辛いけれど受け入れなければならない現実。
それでも、二人が幸せなら良いと思う。
イザークの背に手を回すとさらに力を込めて抱き締められる。

「明日には…いつもの私に戻るから」

何かを感じ取ったのか、イザークは身体を離す。
漠然と不安を語る左目。
イザークが何かを言おうとすると、ドアがノックされて返事を待たずに開かれた。

イザークと同じ綺麗な銀髪に少々きつめの双眸の女性が入ってきた。
「イザークのお姉さん?」
イザークは憮然としている。
「母だ」
「カガリ嬢とは直接面識がなかったかしら?」
若く見られたことに気をよくして表情が少し和らいだ。
キラは生徒の親のことまでは把握していなかったので焦った。
「昨日は戻れなくてごめんなさいね。心細かった?」
「そんなことはありませんっ!」
よしよしと息子の頭を撫でる母の手をイザークは真っ赤にして振り払う。
「あら〜好きなこの前では格好つけたがる年なのね」

微笑ましい二人を目にして、キラも自然に笑みが零れた。
「貴方…こんな顔だったかしら?」
いつの間にか顔を両手で挟み込まれ、ジッと見つめられていた。
ギクリと身体が強張る。
「こんなに上品に笑う子だったかしら」
瞳の色に気付かれたのではないと分かってホッと力を抜く。
「また失礼なことを…」
呆れるような息子の声。

イザークの母親は忙しい人らしく、来てすぐに出て行かねばならないと言う。
「また夕方来るわね。車にお見舞いの花とお菓子を忘れてきたの。
悪いけどカガリ、一緒に来てくれるかしら」
「はい」
「そんなもの何で忘れてくるんですか…」
「慌ててきたからよ。でもちゃんと気を遣って外で待ってたのよ」
「何故?」
「息子のラブシーンなんてつまらないもの」
「「!!!」」
ショックを受けて固まるキラを引きずって、エザリア・ジュールは去っていった。
残されたイザークは茫然とそれを見送った。


キラは大量の花とお菓子を渡され、腕いっぱいに抱えたまま見送る。
エザリアは車に乗り込む直前にキラの両肩にそっと手を添えた。
「私は忙しくてあまりあの子についていてあげられないからお願いね」
無責任に返事は出来ないので微笑みでかわそうとするが見逃してはくれなかった。
「返事は?」
「……はい」
やっと納得して車に乗り込んだかと思うと、窓から顔を出してキラに耳を貸すようにと手を振る。
「そうそう、あの子キスはうまかったのかしら?」
「!!////そんなこと言えませんっ!」
真っ赤になるキラを愉快そうに見て車は走り出した。





病室へ戻ると笑い声が聞こえた。
ディアッカ達が来ているようだ。
一旦コンタクトをはめに戻り、ノックをして中へ入る。

「おかえり」

一斉に掛けられた声にまた泣きそうになった。
「た…だいま」

「カガリはもう具合は良いのかい?」
「うん…私は大丈夫」
「カガリが倒れた時、イザークを押さえるの大変だったんだぜ」
「そうそう。アスランもびびってましたよね」
「そりゃあ、あんな血塗れで近づかれたら…痛っ」
ニコルがアスランの足を踏んで牽制する。
どうやらキラが気にしないように気を遣ってくれているらしい。
そういえばイザークの母親にも責められなかった。
「アスランが助けてくれたんだってね。ありがとう」
イザークは不機嫌そうに顔を歪めていた。



ラクスと花を花瓶に移すために部屋を出ようとするとイザークから声がかかる。
「半分はお前が持っていけ。母もそのつもりだろう」







「今日お戻りになるのですね」
「はい。…こんな状況で去るのは心苦しいのですが」
「本当にこのままでよろしいんですの?今のイザークなら本当のことをお話ししても大丈夫だと思いますよ」
「イザークが許しても僕が許せないから…」
「貴女はどうしてそんなにお優しいんですの」
「僕は嘘をついている人間を優しいとは思いません」
「いいえ。それでもキラ様は優しいです」

「………カガリが戻ってきたら、フォローをお願いします」




ラクス達が出て行った後、看護婦が包帯を取り替えに来た。
傷の酷さに衝撃を受けているとイザークは落ち着かせるようにキラを抱き寄せる。

「大丈夫」

イザークは何故責めないのだろうか。
ディアッカ達も母親も何故責めないのだろうか。
その分、キラは自分を責めるばかりだった。







夕方、執事が迎えに来たので病室を出る。
「さようなら、イザーク」
「また明日」
これには答えずただ微笑むことしかできなかった。


家に着いて貰った花を生けていると執事が躊躇いがちに話しかけてきた。
「その花は君が持っていけばいい」
「これはカガリのものです」
弱々しく笑顔を作るキラに執事は表情を暗くする。
「…やはりこんなこと止めさせればよかったな」
「いいえ。とても楽しかったから感謝しています。貴方も色々ありがとう」




カツラとコンタクトレンズを外して、キラ・ヤマトとしてステーションへ行った。
見送りなどいるはずもないのに意外な人物がキラを待っていた。
「やはり今日帰るのかい?」
「…どうして僕だと分かったんですか」
「雰囲気と僕の勘さ。特に僕の勘は信用できる。こうして今日君が帰るだろうと分かったのも勘なのだよ」
「嘘は駄目よ、アンディ。昨日から覗きに来ていて、今日も昼からずっとここで見張っていたでしょ」
「バラしちゃいかんな、アイシャ」
アンディの後ろから黒髪の綺麗な女性が現れた。
キラに目をとめてニコリと笑いかけるので、キラもつられて笑い返す。
「アンディが気に入るのが分かったわ」
「う〜ん。正直こんなに可愛いとは思わなかったが。あぁ、いや!カガリ嬢も可愛いがね」
「今まですみませんでした」
「本当に謝りたいのは僕じゃなかろう」
「…今日謝ってきました」
「真実を話してかね?」
キラはただ首を横に振り、目を背けた。
「僕は心配だよ。君は人を傷付けたまま平気で生きていける人間ではない」
「…無かったことにして逃げるつもりはありません」
決意を示すように目を合わせると、アンディは少しホッとしたように表情を和らげる。
「良い目だ」





自宅へ帰ると早速カガリから通信が入った。
『イザークに怪我をさせたと聞いてびっくりしたぞ』
「迷惑かけてごめんね。治療費は僕が何とかするから」
『それは良いらしい。あのおばさんなら絶対に請求してくると思ったけどな』
「そうなんだ…」
『他に変わったことはなかったか?』
「ラクスとアンディにはバレてるよ」
『何とかなるさ。こっちもミリィにはバレてしまった』
「ミリィなら大丈夫だね。カガリは辛いことなかった?」
キラ自身が最後は辛かったのだからカガリもそうだろうと心配したが、カガリは平然と答えた。
『全然!すっげえ楽しかったぜ。やっぱ普通の学校の方が気を遣わなくていいな』
一気に力が抜けてしまった。
『とにかく今回はありがとう。いつかお前が何かしてほしい時は言え』
「……早速で悪いんだけど、イザークにちゃんと挨拶してね。『おっす!』とかじゃなくて」
『分かったよ…』


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