チェンジ5
翌日は疲れが出て微熱があったために学校を休むと、夕方ミリアリアが見舞に来てくれた。
「大変だったみたいね」
「そっちこそカガリが迷惑かけたね」
「ううん。私も楽しかったから。本当面白い子。見た目はキラなのに中身が全く違うんだもん。びっくりしたわ」
「何か問題を起こしてなかった?」
「まぁ…ちょっとね」
それにキラが顔を険しくするとミリアリアは苦笑して言う。
「キラには『勝利の女神』という称号がついたわ」
「何だよそれ?!」
「病人に話すのは憚られるわ」
良くないことに違いはなくて、キラは溜息をつく。
「一応キラが反抗期だってことになってるけどしばらくは覚悟しておいた方がよさそうよ」
さらに気が重くなってベッドに突っ伏す。
熱が上がったかもしれない。
「で!どうだったの?」
「?何が?」
「格好良い人はいた?」
ミリアリアは目を輝かせて興味津々だ。
トールという優しい彼氏がいてもこういう事に興味があるらしい。
「…やたら顔の良い人達ばかりだった」
「うんうん!」
「以上」
「それだけ?」
「それだけ。何を期待しているのか知らないけど」
「私の目は誤魔化せないわよ。キラ、好きな人ができたでしょ」
「なん…で」
「何年付き合っていると思うの。どんな人?」
「もう関係ないから…」
「…本気になっちゃったわけね」
気まずそうに目を逸らすキラにミリアリアは顔に手を当てて溜息をつく。
「こういう事にとことん鈍いキラの良い刺激になるかと期待してたんだけど
…一時的な恋愛で終わる程器用じゃないもんね」
「もう終わったよ」
「それで良いの?」
「うん…終わった」
自分に言い聞かせるようにはっきりと声に出した。
ミリアリアはそれ以上何も言わなかった。
しかし、決意はあっさり崩れてしまう。
原因は夜に届いたカガリからのメール。
『今日学校に行ったら皆驚いていて面白かった。
そっちはどうだ?呆気にとられるアスラン達の顔をキラにも見せてやりたかったよ。
あぁ、でもイザークには会った途端「お前は誰だ」と言われてちょっと焦った。
何とか誤魔化しているけど、まだ疑われている』
期待してはいけないのに嬉しいだなんて…
その夜はまたあまり眠れなかった。
翌朝、登校途中で知らない人からやたら挨拶される。
怖い顔のお兄さんにまで深々とおじぎをされて妙な気分だった。
(一体何をすればこういう事になるんだ)
聞くのも怖くて静かに溜息をついた。
校門をくぐっても窺うような視線が痛い。
「おはよう、キラ」
「ミリィ…おはよう」
ホッと胸を撫で下ろすキラにミリアリアは励ますように肩を叩いた。
「お疲れ様」
「本当に疲れたよ」
「まだ顔色が良くないわね」
「あまり寝れなかったんだ」
「無理しちゃ駄目よ。きつかったら早退しなさい」
「大丈夫だよ」
しかし、午後になると頭痛までしてきたのでミリアリアに強制的に早退させられた。
それは周囲にキラの反抗期が終わっていつものキラが戻ってきたのだと思わせるに十分だった。
一人でゴロゴロしていると急にカガリから通信が入った。
「学校はどうしたの?」
『私も早退だ。さっき携帯にミリィからお前も早退したというメールがきたんだが具合はどうだ?』
「大分良いよ。カガリこそ何処か悪いの?」
『うん。まぁ…ちょっとな』
カガリにしては歯切れが悪く、訝しんでいるとカガリは引きつった顔を見せる。
『今こっちでは風邪が流行っててさ。それかな〜。
あ!イザークも昨夜から熱があるらしいから今日は見舞に行かなくていいよな』
「!!?熱…ひどいの?」
『さあ、そこまでは知らん』
その後は何も考えずにシャトルに乗った。
日が沈みかけた頃に病院に着く。
今更何をしようというのか。
ただ様子が知りたかった。
覚悟を決めて近くの店で花を購入して病室へ向かった。
カガリの代理だとでも言おう。
ノックをしようとして、中からのディアッカ達の会話が聞こえて躊躇った。
「傷からくる熱なんだろ」
「ああ」
「今まで気を張り詰めていましたからね。カガリが以前の通りに戻って気が抜けたのでしょう」
「かもな。俺はあいつがよく分からない」
「でも婚約はするんだろ?」
入る事が出来なかった。
ここはキラが来るべき場所ではない。
ぼんやりと階段を下りていると足を滑らせてしまった。
だが、背後から伸ばされた腕に助けられる。
「ぼおっとしてると危ないよ」
「アスラン…」
「…ごめん。誰だっけ?」
「!えと…この花あげますっ」
腕をすり抜けて振り返らずに階段を駆け下りた。
その後ろ姿をラクスに見られていた事も知らずに。
「貴様が花を持ってくるとは気持ちが悪いな」
「悪いけどこれは俺が貰ったものだ」
「貴方のファンはこんな所にまでいるんですか」
「さあ。見たこと無い子だったけど、可愛かったな」
嬉しそうに花の香りを嗅ぐアスランの後ろでラクスは含んだ笑みを湛えている。
「アスランには渡しませんわ」
「あっ!いや、これはですね…」
アスランは焦って許婚に言い訳をする。
「今、俺には『アスランには』と聞こえたが」
「僕もです…『アスランは』の間違えだとは思いますけど」
「私最近つまりませんの。ですから、今から面白い話をして差し上げますわ」
病院を出たところでキラは車に接触しかけた。
「怪我はない?!」
「ありません。すみません、僕がよく見てな…っ!!」
心配そうに覗き込む人物を認識して息を飲む。
(イザークのお母さん…!)
「一応ここで診てもらいましょうか」
「本当に何ともありません。急いでますので!」
「何処へ行くの?」
「ステーションへ。今日中に帰らなくてはならなくて」
「そういうことなら私が送っていくわ」
「えっ?!結構ですっ」
「いいから乗りなさい」
グイグイと押し込められて、結局送ってもらうことになってしまった。
…落ち着かない。
エザリアはじっとキラを見つめている。
キラの手に汗がじわりと滲んできた。
何でも見透かすような瞳まで親子そっくりなのだ。
「貴女、お名前は?」
答えなければならないだろうか…。
「名前は?」
ズイッと顔を寄せられてもう一度尋ねられると観念するしかなかった。
「キラ・ヤマトです」
「可愛い名前ね。私はエザリア・ジュール。さっきの病院に息子が入院していてね」
「早く行ってあげてください。僕はもうここでいいです」
「私は貴女にあの子についてて頂戴と言ったはずよ」
「!!!」
「私、この間から貴女の瞳をとても気に入ったの。
トパーズも気に入らないわけではないけど、私はアメシストが大好き」
「始めから気付いていたのですか?」
「子供の目はだませても大人はだませないわよ。
特に私はだましたりだまされたりの世界にいるから見極めには自信があるの。
それにしても我が息子ながら情けないわね」
「…ごめんなさい。イザークには黙っておいてください。彼の幸せを壊したくはないから…お願いします。
それから、治療費はやっぱり僕に払わせてください」
唇を噛んで俯くと、エザリアは何も言わずにキラの肩を抱いて頭を撫でた。
イザークと同じ匂いがして涙を堪えることができなかった。
「賭けをしましょうか」
ステーションを目の前にしてエザリアが徐に口を開いた。
「イザークが顔の傷を消すかどうか」
「どういう事ですか?」
「私は残すと思うの。貴女はカガリのために消すと思っているでしょ?」
「はい…」
「貴女が勝てば治療費は一切いらない」
「そんなっ!」
「ただし貴女には貴女自身を賭けて貰うわ」
「!!?」
「言ったでしょう。私は貴女を気に入ったって。私が勝てば貴女には私の仕事の手伝いをしてもらうわ。
最近秘書が辞めてしまって大変なのよ」
「だからって…」
「ちゃんとフェアになるように私は秘密を喋らない。何なら期限を設けてもいいわ。
1週間でどう?傷を消すなら早いに越したことはないから」
キラはなおも食い下がったが、エザリアの中ではもう決定事項らしい。
何故こんな事になってしまったのか。
だが負けるはずはない。
イザークが傷を残す理由など何処にもないのだから。
今までの強行が祟ってキラは2日間寝込んでしまった。
両親が二人とも仕事に出かけて、一人きりでいた時にチャイムが鳴る。
モニターを見るとミリアリアが手を振っていた。
見舞にきてくれたのだと聞いて玄関を開けるとミリアリアは心配しているというより何か企んでいるような顔だ。
「大丈夫なの?」
「うん。明日には行けそう…」
ふとミリアリアの後ろに人影を見付けてキラは固まってしまった。
「あぁ、彼ね。キラに会いに学校に来ていたから連れて来ちゃった。じゃあ私はこれで」
「ミリィ!ちょっと待っ…!?」
引き留める声はその人に抱き締められて届かない。
ミリアリアは静かにその場を立ち去った。
どれくらいそうしていたのか分からない。
頭が混乱してグラグラしてきた。
「キラ」
止めに耳元で名前を呼ばれて腰が抜けてしまった。
ずり落ちるキラの身体を横抱きにして中に入っていく。
「部屋は何処だ」
「…上」
下ろして、と弱々しく抵抗するが聞き入れては貰えなかった。
ベッドに寝かせられて全身から力が抜けた。
きっとこれは夢なのだと思って瞼を閉じると特有のひんやりとした手に呼び起こされた。
「…本物?」
ふっと僅かに口の端が上がる。
「触ってみろ」
キラの手を引いて顔に押し当てる。
リアルな感触。
スルスルと顔をなぞっていくキラの手がその口元あたりに近づくと
そっと手を重ねられてキラの手のひらに唇が押し当てられる。
思わず手を引くが重ねられた手が許してくれなかった。
それどころか手のひらの腹を甘噛みされる。
「っ!イザーク!!」
顔を真っ赤にするキラにイザークはニヤリと笑った。
「やっと名前を呼んだな」
「…何で…エザリアさんに聞いたの?」
「どうしてそこで母が出てくる?俺はラクスから聞いたが」
「ラクスが…」
「俺は怒っている」
「ごめん」
「お前等は俺を馬鹿にしているのか」
「!そんなつもりは」
「だが気付かなかったのだから確かに馬鹿だな。カガリとキラは全然違うのに」
目を見開くキラの顎に手をかけてイザークは軽く唇を重ねてきた。
間近になって左側が白い包帯で覆われたままだという事に今更ながら気付く。
「傷はどうしたの?」
「残していればカガリがキラに戻ると思ってたからそのままだ」
「なっ?!」
「別人なのだから戻るも何もなかったが」
再び唇を合わせようとするのを制するとイザークはムッとして右の眉を僅かに上げた。
「傷…見せて」
イザークは一瞬躊躇ったが、ゆっくりと包帯を解いていった。
震える指先で傷を辿っていくキラをイザークはきつく抱き締めた。
「カガリがつけた傷ではない。キラがつけたものだ」
「うん…」
「責任をとって」
「うん」
「嫁に来い」
「うん………えぇっ?!」
「嫌か?」
「や…っちょっと待って!」
言われた言葉が反復して、頭がついていかない。
「俺では駄目?」
「そうじゃなくてっ」
オタオタと煮え切らない返事をするキラにイザークは焦れたように顔を顰める。
「…俺が嫌いか?」
「///!!好きだよっ!」
これには即答したキラにイザークは満足そうに口の端をつり上げた。
「僕はカガリじゃないんだよ?」
窺うように見上げるとイザークは呆れたような表情をしていた。
目を細めてキラの柔らかな栗色の髪を楽しそうに指に絡める。
「アメシストにはブロンドよりこの髪が似合うな」
いつもなら赤面するところだが、キラは何かが引っかかっていた。
「アメシスト……あっ!賭けが!!」
「賭け?」
エザリアとの賭けについて話すとイザークは怒りながら帰っていった。
結局、イザークはキラの要望もあって傷を消すことにした。
「残念だわ」
エザリアが本当に残念そうに溜息をつく姿にイザークはガックリと肩を落とす。
「…なんて親ですか」
「でも貴方もキラに傷を舐めて癒してもらうなんていうのも楽しくない?」
「……」
「///何でそこで黙るんだよ、イザーク!!」
どのみちキラはエザリアに花嫁修業の名の下に連れ回されることになる。
イザークが傷を消したかどうかは…謎のままに。
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