with カガリ
男は強くないと駄目だ。
ままごとなんて面白くない。
人形に語りかけて何が楽しいのか分からない。
遊ぶなら外で男の子とサッカーでもしていた方がずっとずっと楽しい。
そう言ったらお父様とキサカは頭を抱えていたけれど。
「カガリ!」
「おうっ!任せろ」
目深に被った帽子からはみだした髪は太陽の光に負けない輝きを放つ。
顔を上げた時に見える琥珀の瞳は同年代の子供にはない鋭さを持っていた。
カガリの脚に吸い込まれるように転がってきたサッカーボールを思い切り蹴りあげる。
しかし力みすぎてボールはあらぬ方向へ。
「わりぃ!」
ブーイングする友達に手を合わせてボールを取りに走る。
意外に遠くへ転がってしまい、土手を越えてようやくボールを見つけた。
ウウゥゥゥ…
唸り声がしてギクリとする。
辺りを見回すと野犬の姿。
しかし野犬が狙うのはカガリではなく、同じ年頃の男の子だった。
遠目でも分かる青ざめた顔にカガリは仕方ないなと溜め息をついた。
軽く蹴り上げたボールは弧を描き、野犬の手前に落ちた。
カガリは思わず舌うちする。
乳母のマアナが聞いたら卒倒したに違いない。
野犬は一瞬ビクリとしたものの逃げ出す気配がない。
むしろ男の子の方がヒャッという声を上げて体を丸めた。
少年のふがいなさに苛つきながらもこういうのが放っておけないのがカガリである。
少年を背にかばい野犬と対峙する。
睨み合いが続く。
剃らした方が負けだと思った。
そんな駆け引き等お構いなしに後ろの少年がオズオズと声をかけてきた。
「ち、ちがうの!そのこわるくない」
「うるさいっ!」
カガリがそう一喝すると野犬がとびかかってくる。
カガリも反撃の体勢を取るといきなり背後から押されて前のめりに倒れた。
予想しなかった攻撃に手をつく余裕もない。
野犬も驚いたのか少し離れた所に着地した。
「馬鹿!!何するんだっ」
刷りむいてヒリヒリする頬を押さえて腰にしがみつく少年に怒鳴りつける。
ごめんなさい、と小さな声がして顔を上げた少年にカガリは息を飲んだ。
見た目にも柔らかそうな栗色の髪と白い肌。
大きな紫の瞳は水分を含んでか宝石のように煌めいている。
可愛い桃色の唇がまたごめんなさいとつむぐ。
少年だと思ったのは勘違いだったのかという気になった。
「あのこね、けがしてるの」
そう言われて犬を見遣ると確かに犬は左後ろ脚から血が出ていた。
一気に体から力が抜けた。
「いじめたりしないよ?ね?」
最初は野犬に対して、最後はカガリに念押すように向けられた。
カガリが黙って頷くと少年は子犬のような笑顔を見せた。
(可愛い…)
不覚にもそう思ってしまった。
おいで、と少年が優しく言うと野犬は警戒しながらも近寄ってきた。
「いいこだね」
徐々に警戒心が溶けていくのがわかった。
少年が頭を撫でると尻尾まで振っている。
傷口を拭って軽く薬を塗り包帯を巻いていく。
あまり器用とは言えない手付きながら、一生懸命さが伝わったのか野犬はおとなしくしていた。
「かせ。あまりきつくまいてしまったらしぜんに取れないからよくない」
傷の手当てならカガリの方が慣れていた。
もっとも自分の手当てをこっそりやっているからなのだが。
包帯を巻き終えると野犬はヨタヨタしながら立ち上がった。
その後ろ姿を二人で見送る。
しばらくして少年は嬉しそうにカガリを見てそのまま硬直してしまった。
何事かといぶかしむと原因はさっきすりむいた頬から血が滲出していたから。
「ごめんなさいっ」
少年の方が痛そうな顔をしている。
潤み出す瞳にカガリはいたたまれなくなる。
自分の涙は嫌い。
だけど他人の涙はもっと嫌いなのだ。
「これくらいどうってことない!」
手の甲で血を拭うと少しピリッとしたが明るく応える。
すると頬に温かな感触がしてカガリは目を見開いた。
有り得ない距離にある少年の顔。
間近で見ると雪のように溶けてしまいそうな肌だと思った。
長い睫毛が美しい影を落とす。
見惚れてしまって、頬を舐められたのだと気付くのに随分と時間がかかった。
ほけっとしたままのカガリに少年ははにかむような微笑みで礼を言った。
その姿があまりに可愛かったから照れ隠しに「お前女か?」と聞いていた。
「!キラ、男の子だもん!!」
ぷうっとこれまた可愛らしい膨れ顔だ。
帰ると言って怒ってまま背を向けたキラという少年を笑いを堪えて見送る。
こういう弟がいたら毎日楽しいと思う。
大分離れた所でキラは振り返って大きな声を上げた。
「ありがとう!お兄ちゃんっ」
元気に手を振るキラにカガリの呟きは届かなかっただろう。
「誰がお兄ちゃんだ…」
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