with バルトフェルト




普段は狭く暗い路地裏でひっそりと営業している喫茶店。
コーヒー通の店主が自己満足の為にやっている為、客は僅かである。
拘るのはコーヒーだけ。
その他のメニューはないに等しく、店の内装も大して面白味もない。
それでも店主・バルトフェルトはこの場所をとても気に入っている。

カラン…

あまり鳴ることのない店の扉のベルがして、バルトフェルトは数秒して思い出したように「いらっしゃい」と言った。
しかしそこに人の姿は無かった。
「?」
気のせいだったかとカウンターから身を乗り出すと、ようやくその存在を見つけた。
バルトフェルトの腰にも届かないくらい小さな子供が幾分緊張した面持ちで見上げる。
大きな菫色の瞳は怯えの影を宿していた。
子供に好かれる顔とは思わないが、やはり少しショックである。

「迷子かね?」
努めて優しく問いかけるが子供は口を結んだまま、ただ首を横に振った。
奇妙な沈黙が流れる。

迷い込んだわけでもないというなら、客…?
そんなはずはないよな、と思案していると子供は覚悟を決めたように小さな口を開いた。


「おじちゃん、足ある?」



「……………………………………は?」


きっと今までで一番マヌケな顔をしていたと思う。
恋人のアイシャがいたら笑い転げていたに違いない。

「おじちゃん、ゆーれいじゃない?」


半分泣きそうになりながら子供はそう言った。
子供の話によると、この店は子供達に間では『幽霊屋敷』のようなものと噂されているらしい。
確かに外観は(中もだが)廃れているとも言えなくもない。
きまぐれで店を開けないこともしばしば…いや、よくある。
それにしても『幽霊屋敷』とは。
さすがのバルトフェルトも情けなくなってしまった。

落ち込むバルトフェルトの元へさっきまで怖がっていた子供が慌てて近づいてきた。
「あのね。キラ、ゆーれいさんとおともだちになりたいの!」
「……何でだい」

「くらいのこわい。さみしいのいやだもん」

優しい気持ちが伝わってきて、へこんでいたバルトフェルトもふっと表情を和らげた。
カウンターから出て子供に近づくと子供は一瞬ビクリと肩を震わせたが、
バルトフェルトの足を確認してホッとしたようだ。

「人間だけど、お友達になってくれるかい?」

膝を折って子供の目線と同じくしてそう尋ねると、子供は満面の笑みで頷いた。

ソッと子供の身体を抱え上げてカウンター席に座らせる。
子供の身体には高すぎる椅子はいささか危なっかしい。
「大人しくしてるんだよ」と言い聞かせてカウンターに戻った。
豆から煎れる作業にキラは大きな瞳を輝かせて見入っていた。
こんなに小さな子供にコーヒーを飲ませるのは気が引けるが、生憎ここにはコーヒーしかない。
いつもなら邪道だと決めつけて入れない砂糖とミルクを適度に入れてやった。

すると子供は美味しそうに飲み干した。
はふっと溜息のようなものまで付いて、最後には「ごちそーさまでした」と手を合わせた。
大人のコーヒー通でもここまで美味しそうに飲むものはいない。
なかなか見所のある子供だとバルトフェルトは感心していた。


「これなぁに?」
ミルクコーヒー、と教えそうになって少し躊躇した。
これがコーヒーだと信じられても困るという拘りがまたあった。
「君の名前は?」
「キラ」
「じゃあ、キラ・スペシャルだ」
「…??キラすぺさる?」
「う〜ん、まあそれでいい。キラのためだけに煎れたからな」
「キラの?」
キラは嬉しそうにはしゃいで椅子から落ちそうになって、バルトフェルトが慌てて掴まえた。




それから店は明るく改装され、隠れた名店とまで言われるようになった。
子供用の脚の短い椅子も用意され常連客の訪れをいつでも待ちかまえている。


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